偽愛の大雨が止んだ第3話
この話は約1857字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
「いつからそんなに心が狭くなったんだ?」蓮司は苛立って鼻を鳴らした。「そりゃお前はそんな目に遭わないから、彼女の気持ちが分からないよな」
私は振り返ってドアを閉めた。
実は私も社会に出た頃はひどく貧しくて、都市の外れに住んでいた。
あの辺りは治安が悪く、一ヶ月に二件も事件が起きたことがあった。
毎晩退勤後、私はカッターナイフをしっかり握りしめなければ階段を上がる勇気が出なかった。
それだけ用心していても、ある夜、誰かが窓の鍵をこじ開けて忍び込んできた。
よく悪夢を見ていたおかげで、枕の下に鋏を隠していた。それで自分を守ることができた。
悪いことをしようとする人間は、相手がどんな状況かなど気にしない。
リビングから蓮司が柚をなだめる声が聞こえてきた。
三年前、蓮司が同じようにして私をなだめてくれたことを思い出した。
あの日は百年に一度と言われるほどの大雨だった。私は地下の駐車場に閉じ込められ、水位が首まで上がっていた。
遺体が傍をゆっくりと流れていき、私は恐怖で叫び続け、汚れた水が何度も喉に流れ込んだ。
意識が遠のきかけた瞬間、蓮司が現れて私の手を掴み、一歩一歩外へと引っ張っていった。
「もう少しだ、絶対に助かる!」
でも私にはもう力が残っていなかった。蓮司は私のために何度も転びながら引き続けた。
「行って!もう放していいから逃げて!」と私は泣きながら叫んだ。
だが彼はそれを聞かなかった。歯を食いしばって屈み込み、私を背負い上げた。
「真緒、死ぬなら一緒だ」
九死に一生を得た後、私は彼に抱きついて地面に崩れ落ちた。彼は笑いながら私をなだめた。
「これで俺たちは命懸けの仲になったな」
その後、私たちは自然な流れで付き合い、結婚した。
今日になってようやく気づいた。蓮司は一度も「愛している」と言ってくれたことがなかった。
柚は彼の部屋で眠った。普段は私すら入れてもらえない部屋に。
部屋を出ると、蓮司がソファで長いこと待っていたようだった。
「柚はひどく怖い思いをした。誰かそばにいてやらないといけない。
柚はお前のことが苦手だし、お前も分かってるだろう、俺は枕が変わると眠れない」
彼は言いにくそうに続けた。
「だから、お前がホテルに泊まってくれないか」
まったく筋の通らない話だった。
私はぼんやりと彼を見つめ、喉が詰まりながら言った。
「分かった」
サインした離婚協議書をテーブルに置いて、素早く荷物をまとめた。
出ていく時、蓮司は台所で柚のためにレモン水を作っていた。
沸騰したお湯の入った湯気の立つカップを見て、私は思わず声をかけた。
「温かいお湯を使って」
彼はハッとして熱湯を捨て、頭も上げずに礼を言った。
どういたしまして、と私は心の中で答えた。
結婚三年間、彼は私のために一食も作らず、レモン水一杯も淹れてくれなかった。
愛しているかどうかは、こんなにも分かりやすいものだったのか。
荷物を持って出ようとする私に、彼は言った。
「そんなに荷物が多いのか?
柚のそばにいてやらないといけないから、送っていけないけど」
窓の外の夜の暗さを一瞥して、私は頷いた。
ホテルで長い時間待ったが、蓮司からは結局電話もなかった。恐らく、ずっと柚のそばにいたのだろう。
テーブルの上の離婚協議書を見ていなかったのだと思う。
翌日の午後、給湯室の前を通りかかると、誰かが雑談しているのが聞こえた。
「絶対付き合ってるよ。しかも同棲してる」
「ずっと怪しいと思ってた。柚のネックレスって九条課長が買ったやつでしょ、調べたら百万したよ」
「昨夜の誕生日会でキスしてるの見た人もいるって」
窓の外の雨がひどくなっていた。胸を誰かに力いっぱい掴まれるような感覚で、今にも心臓が止まりそうだった。
必死にオフィスへ逃げ込んだが、体が震え続けた。
あの大雨のせいで、私は激しい雨が怖くなっていた。
十分後、蓮司が急いでオフィスに鍵をかけて、私を抱きしめた。
「大丈夫だ、すぐ通り過ぎる」
慣れた手つきで引き出しを開けたが、薬はとっくに切れていた。
「少し待ってろ、買ってくる」
でも彼は戻らなかった。
助手からメッセージが届いた。
【篠宮さんが生理痛で、九条課長が病院に連れていきました。今しがた早退の連絡をいただきました】
震える手を抑えながら、了解と返信した。
退勤ラッシュの時間帯で、タクシーも拾えず、車も運転できず、私はオフィスに座ったままアプリでタクシーが来るのを待つしかなかった。
夜の八時を過ぎてようやくタクシーが見つかり、ふらふらしながら下に降りた。
目的地に着いて初めて気づいた。アプリの住所を変えていなかった。
縦書き表示中:本文は右から左へスクロールします(← → キーでも移動できます)
第4話は公式アプリで
当サイトでの試し読みはここまでです。アプリをインストールし、下のアプリ用コードを入力すると、この作品の第4話からそのまま読み進められます。
R45254- 下のボタンから公式アプリをインストールします(無料)。
- アプリを開き、「コードを入力」にこのコードを入れると、この作品が本棚に入ります。
作品ページへ戻る 当サイトに掲載しているのは試し読みの章だけです。