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偽りの仮面を捨て、私らしく咲く第1話

この話は約2176字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

「彩葉、お久しぶり。身代わりサービスを終了したい。一ヶ月以内に、光希の目の前から綺麗さっぱり消えてちょうだい」

長谷川彩葉(はせがわ いろは)が身代わりを務めて七年目、ついに雇用主である神崎美月(かんざき みづき)が帰国した。

折しもその日、結城光希(ゆうき こうき)は彩葉の前に片膝をつき、プロポーズをしてきたのだ。

血の通った人間である以上、七年もの歳月を共に過ごしてきて、どうして惹かれずにいられようか。

彩葉は莫大な違約金のことすら忘れ、思わず一歩を踏み出した。だがその矢先、プロポーズの場に突然、美月からの着信音が鳴り響いた。

「光希、帰国したわ」

次の瞬間、光希は弾かれたように立ち上がり、血相を変えて空港へと走り去ってしまった。

地面に転がり落ちた、まばゆいダイヤの指輪。彩葉が拾い上げると、そこにはイニシャルが刻まれていた。

他でもない、雇用主である美月のイニシャルだ。

彩葉は自嘲の笑みを漏らした。所詮、身代わりはいつまで経っても身代わりでしかないのだ。

本物が帰ってきた以上、身代わりの自分は当然ながら徹底的に消えるべきなのだ。

* * *

「彩葉、お久しぶり。美月よ。帰国することになったから、身代わりサービスを終了したい。契約上、サービス期間が五年を超える場合は、身代わりに一ヶ月の引き継ぎ期間が設けられるんだったわよね?」

長谷川彩葉(はせがわ いろは)は一瞬、呆然と立ち尽くした。自分と瓜二つのこの声を耳にするのは、実に七年ぶりのことだった。

七年前、神崎美月(かんざき みづき)は身代わり専門の事務所を訪れ、そこにいた女性たち全員に「光希」という名前を呼ばせた。

彩葉が声を発した瞬間、美月はその場で彼女を身代わりに即決した。サービス期間は、美月自身が帰国する、あるいは結婚するその日までと定められた。

それからの一週間、彩葉は美月に付きっきりで、彼女のファッションセンスや生活習慣など、すべてを徹底的に叩き込まれた。

「そうそう、私の誕生日は七月二十日なの。覚えておいて、これからはあなたの誕生日もこの日になるわ」

契約上、身代わりはありとあらゆる面で雇用主と完全に一致させなければならないのだ。

訓練を終え、ふとした仕草や佇まいに自分の影を宿らせた彩葉を見て、美月は満足げに頷いた。結城光希(ゆうき こうき)のそばに自分を連想させる存在を置いておけば、どれほど年月が流れようとも、彼が自分を忘れることなどあり得ないからだ。

そうして彼女は、別の男のためにあっさりと海外へと飛び立っていった。

「彩葉?ねえ、聞いてる?」

電話越しに返事が得られず、美月の戸惑う声にはわずかな苛立ちが混じっていた。

彩葉は気持ちを落ち着かせ、久しく使っていなかった恭しい口調でこう言った。

「はい、神崎さん。サービス期間が長期に及んだため、後々神崎さんの生活に悪影響を及ぼさないよう、私どもが立ち去るための準備期間がどうしても必要になります」

「分かった。この七年間ご苦労様。一ヶ月後、彼の目の前からきれいに消え去ってちょうだい」

通話が切れ、彩葉の茶色の瞳から、わけもなく涙がこぼれ落ちた。

きれいに消え去る、か。

「彩葉、お前……また辛くて泣いてるのか?」

不意に光希が部屋に入ってきた。彼は困ったように笑いながら、手慣れた動作でティッシュを手に取ると、彼女の涙を拭った。その口調は、心底痛ましそうだった。

「お前はいつもこうだ。辛いものが苦手なくせに、どうしてそんなに強がるんだ?」

このセリフを、彼はこれまで幾度となく口にしてきた。

彩葉はそのたびに、「ただ好きだから」と笑って誤魔化すだけだった。

実のところ、彼女は幼い頃から胃が弱く、辛いものなど一切受け付けないし、好きでもなんでもなかった。

しかし、美月が無類の激辛好きであったがゆえに、彼女自身も辛いものを好まなければならなかったのだ。

それでも七年が経った今も、彩葉の辛味への耐性が上がることはついになかった。

光希は彩葉に牛乳を差し出し、彼女がそれを飲み干すのを見届けてから、ようやく眉間のしわを緩めた。

「彩葉、お前を連れて行きたい場所があるんだ」

車に乗り込むと、光希は彼女のためにシートベルトを締めてくれた。薄暗い車内灯に照らされた彼の瞳は、あふれんばかりの情愛が宿っている。

彼は笑って、彼女の鼻先を軽くつついた。

「辛すぎて頭が回ってないのか?なんだか上の空だな。これからは辛いもの禁止だ。お前が胃を痛めるたびに、俺は心配で気が気じゃないんだから」

彩葉が頷くと、光希は嬉しそうに彼女の頬へキスを落とした。

車は高速道路を滑るように走っていく。

彩葉はたまらず、運転席に座る光希の横顔へと視線を向けた。完璧に近いその横顔は、目を逸らすのが惜しいほどに美しかった。

この顔を、自分はもう七年もの間見つめ続けてきた。

初めて光希に近づいたのは、美月が手配したパーティーでのことだった。

彩葉は会場の隅で泥酔している彼を一目で見つけ出し、美月の口調をそっくり真似て呼びかけた。

「光希、もう飲まないで」

聞き慣れたその声に、光希は勢いよく顔を上げると、彩葉を腕の中に強く抱き寄せた。そして、ひどく酔った声でうわ言のように呟いた。

「美月、行かなかったんだな……俺から離れたりしないって分かってたよ。お前は永遠に俺から離れない、そうだろ?」

「ええ、私はあなたから離れないわ」

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