何度も何度も君を諦めて第1話
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「お父さん、お母さん、私、実家に帰ってお見合いして結婚することにしたよ。今月末に帰るね」
早春の季節、まだ肌寒さが残る頃。佐藤明美はドアを開けながら電話をかけていた。彼女の柔らかな声は、しとしと降る雨の中に溶け込むように響いた。
彼女はコートの襟をぎゅっと寄せ、電話越しに両親がほっと息をつくのが聞こえた。
「明美、お父さんとお母さんはここ数年体の調子が良くなくてね。お前が早く家庭を築いてくれるのが一番の願いだったんだ。
よく決めてくれたな。帰ってきたら、梅子さんに頼んで、いい相手を何人か紹介してもらうよ」
両親がすでに準備を始めていると聞いて、明美の瞳がわずかに揺れた。少し世間話を交わした後、電話を切った。
そして、彼女はこの家をちらりと見回し、寝室に戻って荷物の整理を始めた。
* * *
「お父さん、お母さん、私、実家に帰ってお見合いして結婚することにしたよ。今月末に帰るね」
早春の季節、まだ肌寒さが残る頃。佐藤明美(さとう あけみ)はドアを開けながら電話をかけていた。彼女の柔らかな声は、しとしと降る雨の中に溶け込むように響いた。
彼女はコートの襟をぎゅっと寄せ、電話越しに両親がほっと息をつくのが聞こえた。
「明美、お父さんとお母さんはここ数年体の調子が良くなくてね。お前が早く家庭を築いてくれるのが一番の願いだったんだ。
今回決心がついて本当に良かった。帰ってきたら、梅子さんに頼んで、いい相手を何人か紹介してもらうよ」
両親がすでにお見合いの準備を始めていると聞いて、明美の瞳がわずかに揺れた。少し世間話を交わした後、電話を切った。
そして、この家をちらりと見回し、寝室に戻って荷物の整理を始めた。
引き出しにしまわれていた分厚いラブレターの束、タンスの奥に隠していた数冊の写真アルバム、そして本棚に並ぶ何年分もの日記。
それらはすべて自分の片思いの記録であり、すべて……中島悠斗(なかじま ゆうと)という男にまつわるものだった。
今、彼女はそれらを箱に詰め込み、迷うことなく下に運び出し、火をつけて全て燃やした。
オレンジ色の炎がゆらめく中、背後から足音が聞こえてきた。
振り返ると、そこにはパイロットの制服をきちんと着た、悠斗の姿があった。
背が高く、すらりとした姿だった。
彼はフライトから戻ったばかりのようで、明美が下にいるのを見つけると、口元を緩めた。
「何を燃やしてるんだ?」
彼は身をかがめて、まだ完全に燃えていないピンクの手紙を拾い上げ、眉を少し動かした。
「ラブレター?君、ラブレターなんて書いたことあったのか?誰宛て?」
明美は彼をじっと見つめ、何か言おうとした瞬間、彼は笑いながらその手紙を火の中に投げ入れ、彼女の頭を軽く撫でた。
「冗談だよ、そんな真剣な顔するな。過去なんて気にしないし、詮索するつもりもない。燃やし終わったら早く戻ってこい、寒いからな」
そう言い残して、彼はそれ以上立ち止まることなくエレベーターに乗り込んでいった。
彼の姿が完全に消えるのを見届けると、明美は視線を戻し、かすかに苦い笑みを浮かべた。
気にしないのか、それとも最初から関心がないのか。
手紙の封筒には彼の名前がはっきり書かれていた。少しでもまじめに見れば気づいたはずなのに、彼はそれを火に投げ捨てたのだ。
彼女は自分の恋人である彼を、丸10年間片思いしてきた。でも、彼はそのことを全く知らなかった。
15歳の時、明美は成績優秀が認められ、地方から特別枠で東京の南原高校に転入した。
当時の彼女は平凡で、おしゃれも知らず、地味で目立たない存在だった。
悠斗は彼女の同級生だった。
その頃の彼は、まるで月のように輝いていて、家柄も容姿も抜群で、彼女には手の届かない存在だった。
初めて彼に会ったのは入学初日。明美はバスに乗ったものの、交通カードをなくしてしまい、後ろに並んだ生徒たちが苛立って文句を言い始めた。
「金がないなら出ていけよ。美人ならともかく、こんなダサい服で前に立たれても邪魔なだけだ」
彼女はそれを聞いて恥ずかしさで顔を真っ赤にし、バスを降りようとした時、前から伸びてきた細長い手が彼女の代わりにカードをかざしてくれた。
感謝の気持ちでいっぱいになり、目の前の人に礼を言おうと顔を上げると、驚くほど整った少年の顔に目を奪われ、顔を赤らめ、言葉まで詰まってしまった。
「あ、あの、佐藤明美です。な、何年何組ですか?お金、後で返しますから……」
彼の声は心地よく響いたが、『いいよ』とそっけなく返ってきただけだった。
後で知ったことだが、彼の名前は中島悠斗。南原高校の人気者で、恋人を次々と替える遊び人として知られていた。
その日から、明美の視線は自然と彼を追うようになった。
彼の机はラブレターで溢れていたのに、彼女は夜ごと灯りをともし、募る想いを綴り続けた。
彼が美しく優秀な子を好むと知り、彼女は必死に勉強し、ダイエットに励み、メイクを覚え、臆病な自分を変えようと努力した。
そしてついに、彼と同じ大学に合格し、すっかり変わった彼女の姿に、ようやく彼に気づいてもらえるようになった。
大学2年の時、悠斗の方から近づいてきて、彼女が高校時代の同級生だとは気づかず、笑いながら言った。
「俺の彼女になってみる?」
明美は涙をこらえながら頷いた。
彼女は彼の78人目の恋人となり、そして最後の恋人になった。
彼女と付き合い始めてから、彼は以前のようにはすぐ別れを告げず、真剣に6年間付き合ってくれた。
周りはみな、彼が本気になった、遊び人が改心したのだと言った。明美もまた、少女時代に追い求めていたものが手に入ったと信じ、彼の寝顔を何度も見つめながら幸せを感じていた。
ところが3日前、酔った彼を迎えに行った時、偶然、彼と親友の会話を耳にしてしまった。
その親友が彼の肩に手を回して言った。
「兄貴、あの彼女と六年も続いてるけど、まだ別れないのか?」
彼はかすれた声で、酔った様子で答えた。
「まだだよ。俺がまだ真剣じゃないって思われるだろう」
「お前さ、木村に完全にやられてるな。
あの時告白して振られて、それでやけくそになって女遊びにのめり込んで、次々と彼女を変えて、木村のことを忘れようとしてたよな。
そしたら彼女が戻ってきて、『お前、長続きしないじゃん』って言うから、ちゃんと付き合ってるって見せるために、適当な子と6年も付き合っちゃって。
お前、ほんと木村にメロメロだな」
部屋の中には騒がしく、誰も気づかなかったが、明美は外に立ち、血の気が引くような衝撃を受けていた。
『木村』は木村夢乃(きむら ゆめの)だった。
明美はその名前を聞いたことがあった。南原高校の隣の学校の生徒だった。でも、まさか悠斗が夢乃を好きだったなんて、想像もしていなかった。
自分が彼にとって、誰かへの想いを証明するための道具だったなんて、思いもしなかった。
彼女の青春、10年間の想いは、一瞬で崩れ落ちた。
少女の頬を赤く染めた風も、少年の心には届かなかったのだ。
彼女の青春を閉じ込めたその人は、最初から最後まで一度も振り返らず、彼女を見つめることはなかった。
彼女はすべてを悟り、ようやく身を引く決心をした。そして実家からのお見合いの話を受け入れた。
悠斗、今日はあなたを好きになって10年目の日。
そして、あなたを好きでいるのをやめる最初の日。
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