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今さら愛してるなんて、遅すぎる第1話

この話は約1989字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

夏の連休、婚姻届を出す約束をしていた彼女が突然、連絡を絶った。

その日の夜、何気なくSNSを開いた俺は、彼女が俺を公開対象から外し忘れて投稿した記事を目にした。

【20歳から28歳まで。私たちの青春が、ようやく実を結ぶ日が来た。】

添えられていたのは、一対の指輪と婚姻届の写真だった。

もう一枚の写真には、見知らぬ男の肩に寄り添い、晴れやかな笑顔を浮かべる彼女の姿が写っていた。

怒りに任せてコメント欄を開き、問い詰めようとしたそのとき、親友の書き込みが目に飛び込んできた。

【長い遠回りの末、ついに結ばれた二人に祝福を!】

胸騒ぎを覚えた俺は、震える手で親友に電話をかけた。

長い沈黙の末、あいつはようやく真実を打ち明けた。

「……ああ。二人はもう8年も付き合ってる。仲間内ではみんな知ってたよ。

わざとお前を騙してたわけじゃない。ただ、知ったらお前が騒いで面倒なことになると思ったんだ。

お前より悠真のほうが美雪にはお似合いだったし、ここまで来るのも簡単じゃなかったんだ。みんな仲間なんだからさ、お前も二人のこと、認めてやれよ」

冷たい涙が頬を伝う。それなのに、胸の奥には焼けつくような穴がぽっかりと開いていくようだった。

俺が入江美雪(いりえ みゆき)と付き合っていた12年間、そのうち8年もの間、彼女は別の男を愛していたのだ。

しかも、そのことを仲間はみんな知っていた。

知らなかったのは、みんなが口裏を合わせて騙していた俺だけだった。

* * *

俺は自分を痛めつけるかのように、そのままコメント欄を読み続けた。

親友の森川拓海(もりかわ たくみ)だけではない。ほかにも、俺と美雪の共通の友人が大勢、二人に祝福の言葉を送っていた。

【悠真は私が今まで会った中で一番いい男なんだから、もし泣かせたりしたら、親友の私が真っ先に許さないからね!】

美雪の一番の親友だ。つい先週俺に会ったときも、「冬弥さん」と親しげに呼んでいた女だ。

【一番愛してる人と結婚できるなんて、美雪、本当によかったな!今夜はみんなで朝まで飲み明かそうぜ!】

こいつは大学時代、俺と同じ部屋で暮らしていたルームメイトだった。

【集まるのはいいけど、姉ちゃんと悠真さんの幸せのためにも、みんなちゃんと口裏を合わせといてよ。絶対に「あの人」にバレないようにね】

美雪の弟だ。数年前、商売を始めるために金が必要だと俺から160万円を借りたことがあり、そのときは「俺が義兄さんって呼ぶのは、一生冬弥さんだけだ」とまで言っていた。

【任せとけって!王子様とお姫様の幸せのために、悪いドラゴンには絶対バレないようにするから!】

これは美雪の会社に入ったばかりの若いアシスタントだった。要領が悪く、何度もクビになりかけていたのを、俺が口添えし、仕事のやり方まで一つひとつ教えてやったからこそ、どうにか試用期間を乗り切れたのだ。

俺は意地でも泣くまいと顔を上げ、こぼれそうになる涙を必死に堪えた。

美雪が8年も別の男と付き合っていたことを、みんな知っていた。それなのに、誰一人として俺には教えなかった。

彼らが隠れて交わす会話の中の「あの人」とは俺のことだった。王子様とお姫様の幸せを邪魔する悪いドラゴンも俺。

俺はただの笑いものだったのだ。

画面を更新すると、美雪の投稿は消えていた。

その直後、スマホの着信音が鳴った。丸一日連絡がつかなかった美雪からだった。

「ごめんね、冬弥。今日、会社のシステムで大きな不具合が起きちゃって、ずっと対応に追われてたの。今までスマホを見る暇もなくて。

最近仕事も忙しいし、入籍のことは……ひとまず延期にしない?

そういえば今日、SNSで何か面白い投稿とか見なかった?」

その声には緊張が滲み、見え透いた探りを入れているのが、ありありと分かった。

俺は必死に平静を装って答えた。

「今日は電話してもつながらなかったし、俺も病院で母の付き添いをしてたから、SNSなんて見る暇なかったよ。

仕事があるなら、そっちを優先してくれ。入籍のことは……また時間ができたときでいい」

母は昔から体が弱かった。

そして去年、胃がんが見つかった。それも末期だった。

医者からは、治療が順調に進んでも、余命はあと3年ほどだろうと言われている。

そんな母のたった一つの願いは、俺が30歳になる前に美雪と結婚することだった。

今日は8月13日。そして、俺の30歳の誕生日でもある。

母は今も病室で、俺たちが婚姻届受理証明書を持って帰るのを心待ちにしている。

けれど、そのたった一つの願いを叶えてやることは、もうできない。

美雪はすでに、ほかの男の妻になってしまったのだから。

俺は廊下の隅にしゃがみ込み、力なく髪をかき上げた。

こぼれ落ちた涙がスマホの画面に当たり、黒い文字が滲んで見えた。

俺は画面を拭うと、彼らが結婚祝いをするという店と個室の名前を黙って頭に刻み込んだ。

【レストラン・ルミエール 個室「桔梗」】

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