二十年遅れの「公平」なんて、もういらない第1話
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私、御厨琴音(みくりや ことね)の家では、何より「公平」が重んじられている。双子の兄・御厨朔人(みくりや さくと)と姉・御厨彩葉(みくりや いろは)は、父と母が少しでもどちらかをひいきすると、すぐに張り合って喧嘩になるからだ。
そのため、家にあるものは何でもきっちり二人分。一つは兄へ、もう一つは姉へ。
幼いころ、何もわからず母に尋ねたことがある。「私の分は?」
返ってきたのは、怒鳴り声だった。「お兄ちゃんとお姉ちゃんだけでも大変なの!琴音まで面倒を増やさないでよ!」
やがて、家の車は7人乗りのミニバンに買い替えられた。家族は5人。
家族旅行に出かける日、空いた二席のうち、一つには姉の猫を入れたキャリー、もう一つには兄の犬。私は乗る場所もなく、雨の中、開いたドアの前に立ち尽くしていた。
兄は私を見るなり、犬をかばうように腕を回した。姉はあからさまに嫌そうな顔をする。「公平にするって決めたでしょ。誰も私の猫の席、取らないでよ」
父はまだ雨に濡れている私を、苛立たしげに見た。「琴音、何かほかに予定ないのか?」
寒さに震えながら、それでも私は笑って答えた。「あるよ。だから、私、行かない」
その場を離れた私は、大学の留学担当に海外交換留学の申請書を提出した。
20年待っても、私だけには一度も回ってこなかった「公平」もう、ここに立ち止まって待ち続ける必要はない。
* * *
一人で家まで歩いて帰ったころには、服の中まで雨が染み込み、全身びしょ濡れになっていた。
玄関に入ったところで、スマホが震えた。
家族のLINEグループに、母から私宛てのメッセージが届いている。
『この数日、一人でご飯どうするの?』
珍しく、私のことを気にかけてくれた。
そう思っただけで、胸の奥がきゅっとして、目の奥まで熱くなった。
けれど、返事を打つより先に次のメッセージが届いた。
『冷蔵庫の中のものには手をつけないでね』
『あれはお兄ちゃんとお姉ちゃんの分だから。二人に同じだけ行き渡るように、ちゃんと分けてあるの』
『琴音が食べたら公平じゃなくなるでしょう』
胸に浮かんだばかりの温かさが、すっと消えた。
じゃあ、私の分は?
そう打ちかけた指が止まった。
結局、その文は消して、短い返事だけ送った。
『わかった』
こんなことは、これまで何度もあった。
聞いたところで、誰も気に留めてくれない。
この家には、最初から私の分なんてない。
ずっと、それが当たり前だった。
スマホをしまい、何か食べられるものがないか家の中を探した。
見つかったのは、隅に置かれた箱の中の、賞味期限が切れて湿気た菓子パンだけだった。
寒さと空腹の中、どうにか眠りについた。
ところが真夜中、いきなり濡れた上着を頭に投げつけられ、はっと目を覚ました。
驚いて目を開けると、廊下には明かりがつき、リビングから騒がしい声が聞こえてきた。
父と母は、遠出しようとしたところで大雨になり、道路が通行止めになったと愚痴をこぼしていた。
入口には、姉が腕を組んで立っていた。
「何ぼーっとしてるの?これ見たら、洗ってってわかるでしょ」
上着には泥水が跳ねていた。
さっき頭に投げられたせいで、髪まで湿ってべたついていた。
眠くて、まぶたもまともに開けていられないまま、力の入らない声で頼んだ。
「お姉ちゃん、今日はもう寝かせて。明日の朝、起きたらすぐ洗うから」
姉はすぐに声を荒らげた。
「やりたくないならそう言えばいいじゃん。言い訳しないでよ!」
そこへ兄もやってきて、泥だらけのスニーカーを床に放った。
「彩葉のを洗うなら、俺のも洗えよ。さっさとやっとけ」
母は洗濯物を抱えたまま、私をちらりと見た。
そして眉をひそめる。
「うちは三人きょうだいなんだから、何でも公平にしないとだめでしょう。
お兄ちゃんとお姉ちゃんは朝からずっと出かけてて疲れてるの。琴音は家にいたんだから、洗濯くらいやってあげなさい」
家族全員から責めるような目を向けられているうちに、ふっと笑いたくなった。
この家の「公平」は、ずいぶん都合よくできているらしい。
何かを分けるときの「公平」は、兄と姉のためにある。
面倒を引き受けるときになって初めて、私も三人きょうだいの一人に数えられる。
もう何を言っても無駄だ。黙って泥だらけの服と靴を抱え、洗面所へ向かった。
全部洗い終わるまで、3、4時間かかった。
目の前が暗くなる。
空腹のせいで、低血糖を起こしかけているのがわかった。
壁に手をつきながらリビングへ行き、白湯を飲もうとした。
ちょうどそこへ、父が焼き鳥の袋を提げて帰ってきた。
私を見ると、父は反射的に袋を背中へ隠した。
それから、気まずそうに笑った。
「ちょうど四人分なんだ。琴音まで入れると量が半端になるし、お兄ちゃんとお姉ちゃんがまた揉めるだろ?
柿ピーならあるぞ。あの二人はいらないって言ってたから、琴音が食べればいい」
差し出された袋を見て、思わず笑った。
受け取らずに、静かに言った。
「お父さん。私、ピーナッツアレルギーだよ」
父の顔が、一瞬だけ固まった。
けれど、それだけだった。
姉に呼ばれるとすぐ返事をし、そのまま何事もなかったように私の横を通り過ぎていった。
その背中を見ながら、体の横に下ろした手をぎゅっと握った。
胸の奥がずきりと痛んだ。
それでも、もう泣く力さえ残っていなかった。
白湯を少しずつ飲み、ふらつきが治まるのを待ってから納戸へ戻った。
少しでも横になろうと、扉を開けた。
そこには、兄と姉が片づけていないキャリーケースや荷物が、部屋いっぱいに置かれていた。
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