九十九回の諦め第2話
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私の従順さに、家族は一瞬言葉を失う。
しばらく沈黙が続いたあとで、父がようやく口を開く。
「そうだ、それでいい。みんな家族なんだから、話せばわかるだろ。俺だっておまえのためを思って言ってるんだ」
「うん、わかってる」
私は素直にうなずき、顔に麻痺したような笑みを浮かべる。
私が本当に気にしていないように見えたのか、家族は安心したように紗月の手を取って、再びリビングへ戻っていく。
私は少しだけ足を止め、それから二階の自室へ向かって歩き出す。
階段を上がろうとしたそのとき、手首を誰かに掴まれる。
怜司だ。
いつの間にかすぐそばに来ていて、耳もとで小さくささやく。
「本当に……怒ってないのか?」
その優しい声を聞いた瞬間、こらえていた涙があふれ出す。
胸の奥に積もった言葉は山ほどあるのに、私はただ黙って首を横に振ることしかできない。
怜司は安堵したように小さく息をつき、そして言う。
「やっぱり、澪はしっかりしてると思ったよ。ちょっとしたことで怒るような子じゃないって。
それでな、ひとつ相談があるんだ……」
彼は視線をそらし、少し言いづらそうに続ける。
「来週の結婚式、少し延期しようと思ってる。
おまえの妹に約束してたんだ。成人したらオーロラを見せてやるって。
もう成人式も終わったし、あの子が行きたいって言うからな。だから、数日後にみんなで旅行に行こうと思ってるんだ。どうだ?」
怜司は穏やかに微笑み、目の奥が、やさしく光る。
「招待状もまだ出してないし、結婚式なんて数日ずれても問題ないだろ?」
その笑顔を見た瞬間、胸の中がすっと冷たくなる。
さっきまで感動して流していた涙が、急に滑稽に思える。
――九十九回も見捨てられてきたのに、どうしてまだ期待してしまうのだろう。
私が黙り込んでいると、怜司は少し苛立ったように頭をかく。
「紗月は今まで一度も海外に行ったことがないんだ。
家族なんだから、初めての旅行は一緒に行ってやりたいだろ?
それに、おまえもオーロラを見たことないだろ?新婚旅行の予行練習みたいなもんさ」
「……いいよ」
説得を続けようとしていた怜司の動きが、一瞬止まる。
「……今、なんて言った?」
深く息を吐いて、私は静かに答える。
「結婚式をやめようって言ったの」
怜司が眉をひそめ、不機嫌そうに言い直す。
「やめるって何だよ。延期だ。結婚式をやめるわけないだろ」
私は視線を落とし、口の端だけでかすかに笑う。
――何が違うの?
紗月がいる限り、私たちの結婚式なんて、きっとまともに進まない。
あの子は昔から、私のことが気に入らない。
それに、私が持っているものすべてを欲しがっている。
小さいころからわかっていた。
どれだけ頑張っても、私は彼女には勝てない。
家族の愛情はいつも彼女のほうへ向かっていて、その偏りこそが、彼女が私を見下ろし続けられる理由だ。
そして今は、婚約者までが彼女の味方をしている。
目の奥が熱くなり、喉の奥がひりつく。
さっき飲んだマンゴージュースのせいで、肌のあちこちがじわじわとかゆくなっていく。
私は軽くうなずいて、背を向ける。
「……わかった」
そのまま階段へ向かう。
寝室には常にアレルギー薬を置いてある。
症状が出る前に飲まないと。
背後から、甘ったるい声が響く。
「お姉ちゃん、もしかして怒ってるの?私が怜司さんとオーロラを見に行くから?」
振り返らずに、私は歩みを速める。
紗月はいつもそうだ。
私が何もしていなくても、少し涙を見せて、大げさに騒げば、家族はみんな、簡単に彼女の味方になる。
陽介が真っ先に声を荒らげる。
「いい加減にしろよ、澪!紗月が話しかけてるのに無視する気か?
さっきまで『怒ってない』って言ってたくせに、この態度はなんだ!」
その怒鳴り声にも、私は反応しない。
こういう理不尽な責めは、子どものころから何度も経験してきた。
だからもう、表情ひとつ変えずにやり過ごせる。
二階へ足をかけた瞬間――頭皮を鋭い痛みが走る。髪を、誰かに強く引かれる。
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