九十九回の諦め第1話
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急性虫垂炎を起こしたとき、父も母も、兄の藤宮陽介(ふじみや ようすけ)も、婚約者の神原怜司(かんばら れいじ)も、みんな妹·藤宮紗月(ふじみや さつき)の誕生日を祝うのに夢中だった。
手術室の前で、何度も電話をかけた。
同意書にサインしてくれる家族を探したけれど、返ってきたのは、冷たく通話を切る音ばかり。
しばらくして、怜司から一通のメッセージが届いた。
【澪(みお)、騒ぐなよ。今日は紗月の成人式だ。用があるなら、式が終わってからにしてくれ】
私は静かにスマホを置き、自分の名前を同意書に書き込んだ。
彼らが紗月のために私を切り捨てたのは、これで九十九度目だった。
なら、今度は私のほうから捨ててやる。
もう、理不尽なえこひいきに泣くことはない。
ただ、望まれるままに微笑み、従うだけ。
この家の人たちは、私がやっと大人になったと思っている。
けれど、誰も知らない。
――私がもう、二度と戻るつもりがないことを。
* * *
急性虫垂炎を起こしたとき、父も母も、兄の藤宮陽介(ふじみや ようすけ)も、婚約者の神原怜司(かんばら れいじ)も、みんな妹・藤宮紗月(ふじみや さつき)の誕生日を祝うのに夢中だった。
手術室の前で、何度も電話をかけた。
手術同意書にサインしてくれる家族を探したけれど、返ってきたのは、冷たく通話を切る音ばかり。
しばらくして、怜司から一通のメッセージが届いた。
【澪(みお)、騒ぐなよ。今日は紗月の成人式だ。用があるなら、式が終わってからにしてくれ】
私は静かにスマホを置き、自分の名前を同意書に書き込んだ。
彼らが紗月のために私を切り捨てたのは、これで九十九度目だった。
なら、今度は私のほうから捨ててやる。
もう、理不尽なえこひいきに泣くことはない。
病院に三日間入院しているあいだ、私のスマホは驚くほど静かだった。
一本の電話も来なかった。
けれど、私ももう誰にも連絡をしなかった。
以前のように、わざわざみんなのインスタを覗いて、動きを追いかけることもなかった。
ただ、ベッドの上で静かに傷を癒し、検査や支払いのときだけ、自分の弱い体を引きずって動いた。
退院の日も、誰にも知らせなかった。
荷物を少しずつまとめ、腹の痛みをこらえながら、一人で家まで戻った。
玄関を開けた瞬間、中の笑い声がぴたりと止まる。
リビングのソファには家族全員がそろっていて、婚約者の怜司までが妹の隣に座り、片手を彼女の肩にやさしく置いている。
私の姿を見た途端、怜司はあわてて手を引き、気まずそうに顔をそらす。
「澪、もう帰ったのか……この数日、どこに行ってたんだ?」
陽介が鼻で笑い、冷たい声で言う。
「どこに行ってたかなんて、分かりきってるだろ!紗月の成人式に出たくなくて、わざと俺たちに嫌がらせしたんだ。小さい頃から紗月がうまくいくのが気に入らないんだよな」
私は何も言わず、黙って自分の部屋へ歩く。
兄は、私が言い返さないのに驚いたようだ。
いつもなら、理不尽な言葉を浴びせられるたびに泣き出して、まるで世界中から見放されたみたいに取り乱していた。
なのに今日は、どうしてこんなに静かなのか――と。
母がテーブルからジュースの缶を取って、あわてて私のもとへ駆け寄る。
「澪、この前は紗月のことで手が離せなくて……電話、出られなかったの。怒らないでね」
私の手に押しつけられたマンゴージュースを見つめる。
もう期待なんてしていないはずなのに、胸の奥がじんわり痛む。
私はマンゴーアレルギーなのに、紗月が好きだからと、家にはいつもマンゴー味のものばかり。
何度言っても、誰一人として覚えていない。
私はそのジュースを母の手に押し返し、静かに一歩下がる。
「怒ってないよ……部屋に戻るね」
リビングに背を向けた瞬間、大きな音が響く。
父が勢いよく立ち上がり、テーブルを叩きつけて怒鳴る。
「入ってきたときから、そんな暗い顔してどうしたんだ!
母さんだって謝って、おまえの好きな飲み物まで渡したのに、その態度はどういうつもりだ?本当に甘やかしすぎたな!」
胸の奥がきゅっと縮み、息をするのも苦しい。
涙で視界がぼやける。
それでも私は、母の手に残っていたマンゴージュースを取って、一気に飲み干す。
空になった缶をそっとテーブルに置き、涙をぬぐってから、父をまっすぐ見つめる。
「マンゴーが好きなのは紗月だよ。私はマンゴーアレルギー。
でも、もうどうでもいい。飲み物は飲んだし、部屋に戻ってもいい?」
母が焦ったように背中を叩きながら言う。
「ばか娘、アレルギーなら先に言いなさいよ!
誰も無理に飲めなんて言ってないでしょ、まったく……どうしてそんなに頑固なの?」
父も気まずそうに眉をひそめながら、それでも口調だけは強いままだ。
「自分の口で言えばいいだろ。昔からそうだよな。おまえは本当に可愛げがない。
紗月みたいに、もう少し愛想よくできないのか」
そのとき、リビングから紗月の甘えた声が聞こえる。
「もう、お父さん。そんな言い方したら、お姉ちゃんが傷ついちゃうよ」
一見かばっているように見えたけれど、目の奥に浮かぶ得意げな光は、隠そうとしても隠しきれない。
紗月はいつだって、私の不器用さを引き立てることで自分を輝かせる。
何をするにも、私と比べるのが好きで、私を見下すことでしか、安心できないのだ。
悲しいはずなのに、心はもう何の反応も示さない。
こんな屈辱の場面に立たされても、波ひとつ立たないほどに。
「ごめんなさい。私が悪かった。もうしないよ」
言葉を口にした途端、空気が凍り、全員の視線がこちらに向く。
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