三度目の番を逃した日、花嫁は選び直した第1話
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今日は、私たちが入籍するはずの日だった。
私、嘉村依織(かむら いおり)は、朝いちばんに役所へ行き、受付で1番の番号札を取って待っていた。誰よりも早く、婚姻届を提出したかったからだ。
それなのに松沢翔大(まつざわ しょうた)は、平気で1時間も遅刻してきた。
怒りをぶちまけそうになったそのとき、車の助手席から身を乗り出した親友の高萩咲子(たかはぎ さきこ)が、私が何か言うより先に声をかけてきた。
「ごめんね、依織。翔大ったら、わざわざ遠回りして私を迎えに来てくれたの。それで遅れちゃって。
でもね、ふたりの入籍、絶対に見届けたくて!」
奥歯を噛みしめ、どうにか怒りを飲み込んで、私は番号札を取り直すしかなかった。
ようやく順番が巡ってきた。
翔大の腕を引いて立ち上がった瞬間、隣の咲子が声を上げた。
「待って!お腹痛いから、お手洗い行ってきてもいい?番号札、もっと後の番号で取り直しておいて!」
私は足を止めず、そのまま進もうとした。
けれど翔大はあっさり椅子に座り直し、彼女に笑いかけた。
「行っておいで。ちゃんと待ってるから」
私は表情を硬くし、振り返りざまに念を押した。
「翔大。のんびり待ってる時間なんてないわ。今日は日曜開庁日で、婚姻届の窓口受付は11時半までなのよ。あと1時間しかないの。12時からはウェディングドレスの試着の予約も入れてるのに」
翔大は顔も上げず、面倒くさそうにスマホを操作していた。
「そんなに焦るなよ。入籍なんて、紙1枚出してすぐ終わる手続きだろ」
翔大のスマホの画面には、咲子に贈るつもりらしい限定ネックレスが表示されていた。それは、私も何度か彼に欲しいと伝えていたものだった。そのたびに「もう手に入らない」とはぐらかされてきたのだ。
ふいに、すべてが馬鹿馬鹿しくなった。
もう彼を急かす気もすっかり失せた私は、スマホを取り出し、宿敵に電話をかけた。
「私のこと、死ぬほど好きだって言ってたわよね?役所の窓口、11時半で閉まるのよ。
今すぐここに来るなら、私と結婚してあげてもいいわよ」
* * *
一瞬の沈黙のあと、喉の奥から漏れるような低い笑い声が返ってきた。
「絶対に間に合う!」
電話を切り、私は翔大の隣に座り直した。
彼はスマホをいじりながら、新しく取った番号札を私に差し出した。
「ほら、取り直したぞ。まだ前に5組もいる。咲子から『もうすぐ戻る』ってメッセージも来たし。
大丈夫、どうあっても間に合うから」
私が何か言いかけたそのとき、咲子がお手洗いから小走りに戻ってきて、勢いよく翔大の隣に腰を下ろした。
彼にもたれかかりながら、首を伸ばして私の手元の番号札を覗き込んだ。
「まだ順番来ない?あと何組?」
私は思わず翔大を見た。
彼は距離を取るどころか、咲子の腰に手を回し、倒れないように支えていた。
「まだそんなに待つんだー。
ねえ翔大、ゲームしようよ。ただ待つだけって退屈すぎる」
私は口を挟んだ。
「翔大、やめて。入籍なんてすぐ終わるって、自分で言ったでしょ?
もう3組しかいないんだから、すぐ私たちの番になるわ」
けれど咲子はもう自分のスマホを取り出し、ゲームを起動していた。にこにこしながらスマホの画面をこちらに向けて見せた。
「依織、ゲームしない人にはわからないんだよ。1試合なんてあっという間だから、入籍の邪魔にはならないってば」
そのまま翔大を急かす。
「ほら翔大、早くログインして」
翔大はうなずくと、私には投げやりに言った。
「そんな大げさに考えるなよ、ただ紙出すだけだろ。番号呼ばれたらちゃんと教えてくれればいいから」
言い終える頃にはもう、咲子と頭を寄せ合っていて、ゲームの効果音が立て続けに鳴り始めていた。
ぴったりとくっついたふたりの頭を見つめながら、胸が締めつけられるように痛んだ。
それ以上何も言わず、私は手にした番号札を、くしゃくしゃになるほど強く握りしめていた。
20分と経たないうちに、待合ロビーに呼び出しの電子音が響いた。
「9番の番号札をお持ちの方、窓口へお越しください」
私は手を伸ばし、翔大を揺すった。
「私たちの番よ、行こう」
翔大の目はまだ画面に釘付けだったが、体はすでに立ち上がっていた。
「おう、ちょうどこの試合も終わるとこだし」
咲子がすかさず彼の腕にしがみつき、椅子に引き戻した。
「まだだよ!ちゃんと集中してってば!
座って真面目にやって。番号なんて何回か呼ばれるんだから、少しなら平気だって。負けたくないんだもん!」
翔大はまた腰を下ろしかけた。
私はとうとう顔を険しくし、怒りを押し殺した声で言った。
「……入籍とゲーム、どっちが大事なの?」
私の声がいつもと違うことに気づいたのか、翔大は素早く顔を上げ、私をちらりと見た。
それでも結局座り直し、呆れたように笑った。
「そんなに怒ることないだろ。すぐ終わるって、すぐ。
それに、咲子はお前の親友じゃないか。わざわざ頼まれたんだから、途中で手は抜けないだろ」
二度目の呼び出し音が鳴った。
「9番の番号札をお持ちの方、窓口へお越しください」
我慢の限界に達した私は、翔大の手からスマホをひったくり、強い口調で言った。
「翔大、いい加減にして!一緒に来て、入籍するの!」
翔大はようやくのろのろと立ち上がり、眉をひそめて私を見た。
「たかが1ゲームだろ。何をそんなに怒ってるんだか。
はいはい、行こう」
最後の呼び出し音が鳴った。
けれど歩き出して数歩も進まないうちに、咲子がまた声を上げ、翔大の袖をつかんだまま、その場に崩れ落ちそうになった。
「足、足つっちゃった!
翔大、痛いよぉ!」
翔大はすぐさま振り返り、その場に片膝をつくと、慣れた手つきで咲子のパンプスを脱がせ、足首を揉みほぐし始めた。
私はその場に立ち尽くしたままふたりを見つめ、思わず笑ってしまった。
そうしているうちに、再び電子音が響いた。
「10番の番号札をお持ちの方、窓口へお越しください」
私たちの番号は、とうとう飛ばされてしまった。
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