七年間、誰にも知らせなかった噓第3話
この話は約1222字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
半狂乱の私を前に、拓朗はただこう言った。
「ここで騒ぐな。真梨乃の休養の妨げになる。屋上で話そう」
こんな時になっても、拓朗が真っ先に気にかけるのは真梨乃のことだった。
屋上に出ると、拓朗は1冊の通帳を差し出した。
「この口座に1億入ってる。俺からの、せめてもの償いだ」
「7年分の想いを、こんな薄っぺらい通帳1冊で片付けようというの?」
私の問いかけに、拓朗は黙り込んだ。
見かねたように口を開いたのは、美也子だった。
「ねえ、気持ちなんて自分でもどうにもならないでしょ。もういい加減、騒ぐのはやめてよ。
拓朗さんが好きなのは真梨乃だけ。少しは冷静になりなさいよ」
私は呆然と彼女を見つめた。幼なじみで親友だったはずだ。
高校生の頃、彼女の実家は家計を理由に進学を諦めさせ、まだ若いうちから無理に結婚話を進めようとしていた。
学費を援助し、彼女がそのまま学校に通い続けられるよう支えたのは私だった。
あの時、彼女は泣きながら一生かけて恩を返すと言っていたのに、今はこうして私を裏切り、他人の肩ばかり持っている。それが、恩人への恩返しなのか。
母がすぐに私の手を掴んだ。その声には、苛立ちがありありと滲んでいた。
「もういいでしょう。真梨乃だって、あんたの従姉なのよ。小さい頃に両親を亡くしてるんだから、少しは譲ってやりなさい。
その1億を受け取って、これで終わりにしなさい」
その瞬間、私を産み育てたはずのこの女性が、まるで見知らぬ他人のように感じられた。
真梨乃が可哀想?なら、私はどうなるのよ。
私が5歳の頃から真梨乃はうちで暮らしていて、母は私よりも彼女を可愛がっていた。
両親がいないから、身体が弱いから――そう言われて、私はずっと譲り続けてきた。
20年以上も我慢してきたのに、今度は夫まで差し出せというのか。
胸の痛みが、万力で締め付けられるように強くなる。
私は必死に涙をこらえた。
「真梨乃のことしか好きじゃないなら、どうして私と偽装結婚なんてしたの」
拓朗は目を伏せた。
「起業したばかりの頃、恨みを買っている連中がいた。真梨乃を危険な目に遭わせるわけにはいかなかったんだ」
5年前、拓朗が起業したばかりの頃、確かに彼を恨む者は少なくなく、何者かに尾行されていたこともあった。
彼は私を郊外の別荘に住まわせ、必ず守ると誓ってくれた。あの頃はそれを、愛の言葉だとさえ思っていた。
だからこそ、その後の深夜の脅迫電話も、砕かれた車の窓ガラスも、玄関先にぶちまけられた赤いペンキも、私は歯を食いしばってひとりで受け止めてきた。
――結局、私は真梨乃の代わりに狙わせるための、ただの囮だったというわけだ。
涙が、とうとう零れ落ちた。
拓朗の目に一瞬、私を痛ましく思うような色が浮かんだ。
「この件については、俺が悪かった。望むだけ払う」
私は振り返ることなく、その場を去った。
「いらない。これで終わりよ。もう私たちには何の関係もない」
拓朗は何か言いかけていたようだったが、もう聞く気にはなれなかった。
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