七年目の裏切り――私は身代わりだった第2話
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結衣は一晩かけて荷物を整理した。
服、本、この家で少しずつ増やしてきた小物や壁掛けもすべて。
かつては自分がこの家の女主人になると信じて、心を込めて飾りつけた場所。
けれど、その持ち主と一緒に、この家から消えるべき時が来た。
その夜、雨は一晩中降り続いた。
司が帰ってきたのは翌朝だった。白いシャツ一枚のまま、全身びしょ濡れで、結衣を見ると、一瞬だけ視線が泳ぎ、気まずそうに笑った。
「もっと寝てればよかったのに。なんでこんな早く起きてるの?」
「朝の空気が気持ちいいから」
司はうなずき、特に気にも留めずに言った。「じゃあ、先にシャワー浴びてくる」
「司」
「ん?どうした?結衣」
「昨日の夜……」
「ああ、昨日は残業だよ。クライアントが急に作業を言いつけてきてさ、徹夜で片付けて、飯食う暇もなかった。ほんと疲れたよ……」
人は嘘をつくとき、やたらと饒舌になる。
細かい話を盛り込み、少しでも信じてもらおうとする。
司もそういう人間だった。
普段は口数が少なく、なだめるでさえ長々と言葉を連ねることはないのに。
「ただ聞きたかっただけ。昨日出かけたときはコート着てたよね。そのコートは?会社に忘れた?」
司はほっとしたように息をつき、笑って答える。「ああ、会社だよ。大丈夫、寒くない」
「そうか。じゃあ早くシャワー浴びてきて」
司は近づいてきて、結衣の髪をくしゃっと撫でた。「俺の結衣は、そんなに俺のこと心配してくれるのか?」
結衣は軽く頭を傾け、手を避けるようにすり抜けた。
「早く行って。濡れたままだと体に悪いよ」
司の手が宙に止まり、少し驚いた顔をする。けれど、自分のびしょ濡れのシャツを見下ろして笑った。「そうだな。結衣まで濡らすわけにはいかないしな」
やがて浴室からシャワーの音が聞こえてくる。
結衣はこれまで司のスマホを覗いたことはない。
司も、彼女が見るとは思っていないのか、いつも無造作に置いている。
――ブッ。
スマホが震えた。
【唯:ショートケーキ、もう家に着いた?】
【唯:コートありがとう。本当にあったかかった】
驚きはしなかった。
昨夜、彼が慌てて出て行ったとき、結衣の中ではすでに予想がついていた。
ただ、予想と現実は別物だ。
結衣は自分のスマホで、唯のアカウントを検索した。
30分前に、新しい投稿があった。
雨の中、唯が楽しそうに駆け回る動画。
小さな精霊のような無邪気で、愛らしい笑顔。
やがて彼女は立ち止まり、後ろから大きなコートがふわりと包み込む。
その男の声は、結衣が一度も聞いたことのないほど優しかった。
「ゆっくり走れよ、風邪ひくぞ」
唯が笑いながら言う。「あなたがいるなら、何も怖くない」
彼はくすっと笑い、甘やかすように答えた。「ああ、ずっと後ろにいる」
動画のコメントにはこう書かれていた。【巡り巡って、ずっとあなたがここで待っていてくれた】
司が髪を拭きながら浴室から出てきた。「スマホ鳴らなかった?」
結衣はテーブルを指差した。「なってたよ」
司はすぐさま駆け寄り、結衣の手から勢いよくスマホを奪い取った。
驚くほどの力で。
返信を終えてから、自分の態度に気づいたのか、ぎこちなく言う。「クライアントに送る資料があって……痛くなかったか?」
「平気。じゃあ、私、出かけるね」
司が追いかけ、手首をつかむ。「結衣、怒ってる?」
「怒ってない」
怒る資格すらない気がしていた。
司の視線が、部屋の隅に積まれた大きなゴミ袋に向く。「大掃除でもしたのか?なんでこんなに捨てるものがあるんだ?」
「うん」
「じゃあ俺が下まで運ぶよ」
「司、浴室に何か足りないものがあるって、気づかない?」
「……いや、別に。あ、ボディソープ切れた?買ってくるよ」
結衣はただ、静かにうなずいた。
浴室には、色違いのお揃いのタオルや歯ブラシ、スリッパ。
彼のは青、結衣のはピンク。いつも並んで置かれていた。
けれど昨夜、結衣は自分の分をすべて片付けた。
残っているのは、彼の物だけ。
司は気づかなかった。
たぶん他のことで頭がいっぱいなのだろう。それとも、最初から気にしていなかったのかもしれない。
結衣はもう、確かめようとは思わなかった。
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