マフィアの彼が仕掛けた愛の試練第3話
この話は約2176字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
意識の奥、私は深い混沌の中を彷徨っていた。
耳に届いてきたのは、オーガストとアイヴィの口論だった。
「全部お前のせいだ!」
オーガストの声には怒りが滲んでいた。
「お前が俺に貧乏なギャンブル中毒を装わせて、カナの愛を試すなんて言わなければ、彼女がタクシーなんて運転することもなかったし、あんな男に酷い目に遭わされて、気絶するなんてこともなかったんだ!」
「だって、まさか彼女があんなに体弱いなんて思わなかったもん……」
アイヴィは不満そうに呟いた。
「それに、あの時あなたが助けに行ってたら、カナに実はずっと見張ってたってバレちゃうじゃん?それじゃ計画が全部台無しだよ?
オーガスト、私はあなたの愛を試してあげてたのよ。貧しくても、裕福でも、決してあなたを見捨てない妻を選んであげようとしているんだよ!」
「でも、今思うと酷すぎた……彼女があんな目に遭ってるのを見ても、俺は助けに行けなかった……俺は……彼氏として失格だ……」
オーガストの声には自責の念がこもっていた。
「オーガスト、あなたは間違ってないわ!」
アイヴィが叫ぶ。
「よく思い出してよ!あなたがこれまで付き合ってきた女たち、どいつもこいつもお金目当てだったじゃない!あんたのお金で遊び回って、他の男を囲って、浮気して!
忘れたの?あの元カノ、結婚直前までいってたのに、私が『破産したフリして』って言っただけで、口では『大丈夫、一緒に頑張ろう』とか言っておいて、数日後にはあんたの残った現金まで持ち逃げして、海外に逃げたんだよ?」
ベッドの隣に座っていたオーガストが、私の手を優しく握った。
「仕事もなく、金もない俺のそばにいて、子どもまで授かってくれた……カナは、きっと本当に俺のことを愛してくれてるんだ……
もう、これ以上試したくない……
今すぐにでも、本当のことを話したい。俺の正体を伝えて、たくさんのお金で、これまでの償いをしたいんだ」
「オーガスト……もうちょっと待って。最後の試練だけ、お願い。それを越えたら……本当のことを言えばいいじゃない?」
どれほど時間が経っただろう。
私はようやく目を覚ました。
視界がぼやけていたが、目の前にはベッドの脇で私を見つめるオーガストの姿があった。
その顔には疲れと心配が滲んでいた。私が目を開けたのを確認すると、ほっとしたように息を吐いた。
「カナ……やっと目覚めたんだね」
私は何も言わず、彼を無表情で見つめた。
彼は何かを感じ取ったのか、少し焦ったように言い訳を始めた。
「カナ、聞いてくれ……あの日のこと、俺は……」
「もういい」
私は静かに、そして冷たく言った。
「オーガスト……私たち、別れましょう」
彼は言葉を失い、まるで現実を受け入れられないようにその場に固まった。
その時、アイヴィが部屋に入ってきた。
「カナ、何言ってるの?なんでオーガストと別れたいなんて言うの?」
作り笑顔を浮かべながら、彼女は挑発的な声で続けた。
「まさか……オーガストが貧乏になったからって、捨ててもっと金持ちと付き合いたいってこと?」
「アイヴィ、黙れ!」
オーガストは怒りをあらわにし、彼女を睨みつけた。
だが、次の瞬間、彼の視線は私に戻った。
「カナ、本当に……俺が貧乏だから、嫌になったのか?」
私は黙って視線を下げ、唇に苦笑を浮かべた。
「もしそうじゃないって言ったら?信じるの?」
オーガストの表情には戸惑いが浮かんだ。
これまでの私のすべてを知っている彼は、内心では分かっているはずだった。
彼はやがて安堵の笑みを浮かべ、私を抱きしめようと手を伸ばした。
「ごめん、カナ。疑って悪かった。もし本当にお金目当てだったら、君は……こんなに苦労してまで俺のそばにいるわけないよな」
だがその時、アイヴィが大きな声で割って入った。
「オーガスト、騙されないで!それ、同情引くための演技だよ!前の女も同じことしてたじゃない!」
彼女は冷たい視線を私に投げかけながら、まるで勝ち誇ったように続けた。
オーガストは、彼女の言葉を信じるの?私は目に涙を浮かべながら、黙って彼を見つめた。
だけど、オーガストの瞳には失望と怒りが浮かんでいた。
「カナ、こんな手まで使うなんて……本当に、がっかりだよ」
そう言い残して、彼は背を向けて部屋を出て行った。
彼の姿が完全に見えなくなった時、私は目を閉じ、静かに涙を流した。
翌朝、看護師が手術の準備を知らせに来た。
私はベッドの上でスマホを手に取り、連絡先にある「オーガスト」の名前を見つめながら、やはり最後の電話をかけることにした。
せめて、彼の口から真実を聞いて、全てにけじめをつけたかった。
だが、電話に出たのはアイヴィだった。
「あら、カナ?何かご用?」
彼女の声は、あからさまに勝ち誇っていた。
「オーガストに用?残念だけど、今は私と一緒に飲んでて、あんたに構ってる暇なんてないの。
彼ってね、あのスミス・マフィアファミリーの後継者なのよ。アンタみたいな底辺の人間が、勘違いしてんじゃないわよ。身の程を知りなさい。自分から消えてくれない?」
私は静かに笑った。
そうか、やっぱり、私は最初から場違いだったんだ。
「わかった」
私は涙を拭き、スマホの電源を切った。
そして、そのまま手術室へと向かった。
3時間後、手術が終わったら、私はこの心を引き裂いた街を、永遠に離れるつもりだった。
オーガスト、私たちは、二度と会わなくていい。
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