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マフィアの彼が仕掛けた愛の試練第2話

この話は約3327字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

中絶手術は一週間後に決まっていた。それまでも私は変わらず、毎日タクシーを運転してお金を稼いでいた。

今夜も一人の男性客を乗せた。彼が乗り込むなり、車内にアルコールの匂いが溢れている。

思わず私は鼻を押さえた。

妊娠してからというもの、匂いにとても敏感になっていたのだ。

その様子を見た彼は、いきなり睨みつけてきた。

「なんだよ、俺のこと臭ぇってか?運転手のくせに偉そうにしやがって。見下してんのか?」

私は何も言わず、ただシートベルトを締めるように促した。

しばらく走っていると、彼が急に手を伸ばしてきた。「ねぇねぇ、お嬢ちゃん、こんな可愛い顔してなんで運転手なんかやってんの?

俺と付き合わね?美味いもんも、いい酒も、好きなだけ食わせてやるよ」

私はハンドルを握ったまま、必死にその手をかわした。顔は引きつっていた。

「お客様、やめてください。失礼ですよ」

「失礼?運転手の女のくせに、俺に口答えすんのかよ?こっちが相手してやってんだぞ!」

彼は私を乱暴に押し戻し、嘲笑するような目で私を見た。

「勘違いすんなよ、てめぇがお嬢様かなんかだとでも思ってんのか?触らせねぇとか、生意気なんだよ!」

私は唇を噛みしめ、ただ耐えた。

すると彼はさらに調子に乗ってきた。

「なんでそんなに清純ぶってんの?今日ここでやっちまうぞ、文句あるか?」

荒れた手が私の腰に触れた瞬間、私はブレーキを踏み、彼を思いきり突き飛ばし、車から飛び出した。

「なにしやがる!クソ女、よくも俺を押したな?」

怒り狂った彼は、近くにあった氷入りのコーラを手に取り、私の頭めがけてぶちまけた。

冷たい液体が額から伝い落ち、身体中に鳥肌が立った。

その時だった。ふと顔を上げた私の視界に、向かいのビルが映り込む。あれはオーガストの会社だ。

巨大なLEDスクリーンには、オーガストがアイヴィの誕生日を祝う映像が流れていた。

八桁のネックレスを彼女の首にかけ、まるで王子のように彼女をもてなしていた。

アイヴィはまるでお姫様のように笑っていた。彼はその笑みの口元についたケーキを、優しく拭ってやっていた。

私はその映像を見つめ、目が痛くなるほど瞬きもできず、涙がこぼれそうになった。

男の乗客は私を嘲るように見下しながら言った。「なに見てんの?あれ、マフィアの兄貴だぜ。隣にいるのは幼馴染のアイヴィだ。お前みたいな安っぽい女が敵うわけないだろ」

「アイヴィ、お誕生日おめでとう」

スクリーン上のオーガストが、微笑みながらそう言った。

その時、私はふと目を凝らした。

ビルの大きな窓の向こうに、見覚えのある人影があった。

こちらに向かおうとしたその人影は、次の瞬間、別の誰かに引き留められた。

私の心臓が、大きく跳ねた。

「見間違いだよ」と自分に言い聞かせて、目をそらす。

だけど脳裏には、オーガストがかつて言った言葉が浮かんできた。

「カナ、俺がずっと君を守るから」

あれが、どれほど滑稽な嘘だったか。

涙が頬を伝って流れた。私は頭を低くして、その場を逃げるように走り去った。

夜、家に戻ると、服が濡れたままで、身体は震えていた。

扉を開けた瞬間、そこにはオーガストがいた。アイヴィのための誕生日パーティーを飾り付けていたところだった。

私を見るなり、驚いた顔で言った。

「カナ、ずいぶん早かったね?」

「私……」

何も言えずにいると、思わずくしゃみが出た。

「風邪ひいた?」彼は私の額に手を伸ばそうとした。

私は無意識にその手を避けた。

「大丈夫」うつむいたまま、淡々とした声で答える。「今、なにしてるの?」

「今日はアイヴィの誕生日なんだ。サプライズパーティーを準備してるんだよ」

彼は嬉しそうに語った。

私は黙ったまま唇を引き結ぶ。

彼は私の違和感に気づかず、さらに言った。

「カナ、君も参加してよ。みんなでお祝いしよう?」

「体調悪いから、ちょっと休むね」

そう言った直後、部屋からアイヴィが現れた。

「カナも来てよ!みんなで盛り上がった方が楽しいじゃない!」

その後ろからは、彼女の友人たちがぞろぞろとついてきた。彼らは私を見るなり、明らかに見下した視線を向けてきた。

今なら、その意味がよくわかる。私がオーガストと付き合えていたのは「身分違い」だったのだ。

彼らのような裕福な家庭の子どもたちにとって、私はいつも「見下される側」だったのだ。

「カナ、その格好でパーティー来るの?」

「自分の立場、わかってる?」

オーガストは私と彼らを見比べ、一度彼らを目で制したあと、言った。

「カナ、君ってケーキ作るの得意だったよね?材料買っておいたんだ。アイヴィのためにひとつ作ってくれないかな?」

「オーガスト、体調悪いから……」

私がそう言いかけた瞬間、彼は話を切った。

「お願いだから、俺の顔を立ててよ?」

優しい声だった。だが、その中には断らせない圧力があった。

私は何も答えなかった。

すると、アイヴィがさも申し訳なさそうに割って入った。

「やめようよオーガスト、カナ、今日は機嫌が悪いみたいだし、無理に誘わないで。

ずっと思ってたけど、カナ、私のこと本当の友達だなんて思ってないよね……」

彼女の声が震えたように聞こえ、目には涙が滲んでいた。

私は黙って部屋に戻ろうとした。

その時、視線の端にある物が映った。

部屋の隅に、雑巾のように積まれた、赤ちゃんの服。

あれは私が、第一子のために縫った、たった数着の服だった。

私の赤ちゃんはオーガストのせいで命を落とした。そして今では、その子のために用意したわずかな衣服さえも、安らかに残しておくことすら許されない。

「これ、なに?」

オーガストもそれに気づき、困惑したように言った。

「雑巾だけど……どうかした?」

「雑巾?」私は歯を食いしばり、声が震えた。

「どうしてそんなことができるの……これは、私が赤ちゃんのために作った服なのに……」

慌てたようにオーガストが服を手に取り、辺りを見渡す。

「誰がこんなことを……」

アイヴィがしおらしい声で言った。「オーガスト、カナ、ごめんなさい……そんなに大事なものだって知らなかったの……たまたま雑巾が見つからなくて……適当に使っちゃって……

後で新しいの買って返すから、もう怒らないで……ね?」

オーガストは彼女を睨んだが、すぐ私の方を向き、優しい声で言った。

「カナ、気にしないで。アイヴィも悪気はなかったんだよ。

今度新しい服、買いに行こう。これから、きっとたくさん必要になるから」

その時、アイヴィはオーガストの背中で、口角を吊り上げて私を見た。そして、赤ちゃんの服を破って見せた。挑発的な笑みとともに。

「お前!」私は彼女を睨みつけ、赤ちゃんの服を握りしめた手が震えていた。

あれは、私の最初の子の形見だった。この世に生まれることすら叶わなかった、たった一人の命の痕跡だった。

私は、その服を抱きながら、何度も夜を越えてきた。

それを、彼女は、汚れた雑巾として、踏みにじったのだ。

私の涙を見て、オーガストはすぐに近寄ってきて、涙を拭おうとした。

「大丈夫、大丈夫だよ。アイヴィ、ちゃんと謝って!」

アイヴィはすぐに涙を浮かべて言った。

「カナ、ごめんなさい……私が悪かった。怒りが収まらないなら、ビンタでもしていいよ」

その様子を見て、アイヴィの友人のジェームズが笑いながら言った。

「アイヴィは謝ってんだし、これくらいの金で服なんていくらでも買えるだろ?そんなことで怒るなんて、小っせえな」

そう言って、彼は財布から札束を取り出し、私に投げつけた。

「足りない?もっと欲しいの?」

私は震える手で、その金を弾き飛ばした。

「出てって!」叫びながら彼らを睨みつけた。「出ていけ!」

オーガストの表情が一気に曇る。「カナ、お客さんにそんな言い方はないだろ?」

「外で嫌なことがあったからって、家で八つ当たりするのはやめてくれよ」

私はその言葉に、凍りついた。

「どうして、外で何かあったって知ってるの?」

あのビルの窓の影は、やっぱり彼だった。

彼は私が男に襲われかけていたのを見ていた。それでも、助けることもせず、今ここで私を責めている。

絶望と怒りと哀しみが一気に押し寄せて、目の前がぐらりと揺れた。

そして、私はそのまま意識を失って倒れた。

最後に見たのは、オーガストの慌てた顔だった。

「カナ!」

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