トップ女優の彼氏である僕はもう灰です第3話
この話は約1600字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
何年も付き合ってきて、僕はずっと、普通のカップルみたいに一緒に映画館で映画を観たかった。でも汐はいつも、僕の腕を揺らしながら優しくなだめるのだ。
「私は芸能人でしょ。もし撮られたら、私の仕事だけじゃなくて、あなたの個人情報まで晒されちゃうかもしれない。あなたが傷つくのが、怖いのよ」
だが彼女は芸能人になってからというもの、この俳優とカップリングで話題作りをしたり、あの男性歌手と島へ旅行したりしていた。
かつて僕をなだめるために使った言葉が、まだ耳にこびりついているようで、僕の一途な想いを嘲笑っていた。
映画が半ばに差し掛かった頃、信悟が彼女の耳元に顔を寄せてきた。
「汐さん、映画館の外は記者だらけです。先に抜けませんか」
「私たち先に出るわ。あなたは少し経ってから出てきて」汐は僕の意見を訊くこともなく、彼を連れて先に立ち去った。
けれど僕は席を立たず、静かに最後まで映画を観た。
もう、僕を愛さない女のために苦しんだり、不安になったりはしない。
残された時間と愛情は、自分のために捧げるつもりだ。
心ゆくまで映画を楽しんだ後、僕は病院へ向かった。
胃がんの痛みで、寝つきが悪い。点滴で痛みを和らげなければならなかった。
病院の鼻をつく消毒の匂いを嗅ぎながら、テレビ画面に映るゴシップニュースをぼんやりと眺めた。
【トップ女優と新進俳優、映画館デート、街中で甘いキス――】
やがて眠気に耐えきれず、うとうとと眠りに落ちた。胸元のスマホが、しきりに震えているのを感じながら。
深夜遅くになって、ようやく家に帰った。
遠くから、小柄な人影が僕の家の前に立っているのが見える。
汐だ。
長年一緒にいても、いつだって彼女は外で泥酔するか、撮影で夜遅くなるかだった。僕が今の彼女みたいに、バーや撮影所の入り口に立ち、夜更けまでずっと待っていたんだ。
用意した二日酔いの薬や、体に優しいスープを手に。
だが彼女は、僕がそうするのを好まなかった。
こんな口実で自分を監視し、自分の生活に干渉していると感じていたからだ。
まさか彼女のほうが、僕の帰りを待つ日が来るとは。
僕を見つけた瞬間、彼女は小走りに駆け寄り、きつく抱きしめてきた。
「とっくに映画終わってるじゃない。どこ行ってたの、どうしてずっと帰ってこないの?私がどれだけ心配したか、わかってる?
今日のニュースは見ないで。ぜんぶでっちあげで、本当のことじゃないから」
僕はしばらく考えて、ようやく彼女が何のニュースを言っているのか思い出した。
「大丈夫。こういうのは慣れてるから」
僕の口調があまりに淡々としていたので、彼女はかつて自分がしてきたあれこれを思い出したのか、顔に珍しく罪悪感らしきものが浮かんだ。
そうして彼女は、僕にひとつの箱を差し出した。
中には、とてつもなく大きなダイヤの指輪が入っている。
僕は少し呆然とした。
この光景を、今まで何度も夢の中で願った。
彼女が、僕の用意した指輪を自らはめて、何年もの僕たちの関係に、真摯な誓いを立ててくれることを。
けれど今は、その指輪を見ても、心に微塵の波も立たなかった。
ただ何気なく、テーブルの上に置いた。
汐は顔色を変え、眉をひそめて僕の後を追い、部屋の中へ入ってきた。「成輝、本当に変わったの。どうして全然……」
僕は彼女が何を言いたいのかわかっていた。
彼女の想定では、僕はこの指輪を見て心の底から喜び、そして感激のあまり彼女を抱きしめ、これまでの不満をすべて忘れ去るはずだったのだ。
そう思うと、僕は口元を歪めて、うわべだけの笑みをつくった。「きれいな指輪だね」
「気に入った?」彼女は少し期待を込めて僕を見つめた。
僕は笑みを消さないままで言った。「好きかな」
昔の僕なら、彼女が適当に買った数百円の安物のペアリングさえ、宝物みたいに毎日大事に指にはめていたものだ。
あれほどの大きなダイヤの指輪だ。好きにならないわけがない。
汐はほっとしたように、笑顔を見せた。
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