スーパーのポイントで買った愛第1話
この話は約3074字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。
私の誕生日。その日に婚約者から贈られたのは、スーパーのポイントで交換したという、薄っぺらなゴム手袋だった。
その同じ夜、彼はオークション会場で、初恋の女のために一億円の値がつく宝石を競り落とそうとしていたらしい。
当然、私は怒った。けれど彼は言った。
「俺の金で生活させてやってるんだ。家事くらい完璧にこなして当然だろ?これは結婚前、お前が俺の妻にふさわしいかどうかの最後の試練だったんだぞ。ああ、本当にがっかりだよ」
あまりの言い草に、私の方から別れを叩きつけてやった。彼は待ってましたとばかりに、その足で初恋の女にプロポーズしたそうだ。
それから五年、私たちは、眩しい太陽が照りつけるリゾートアイランドで、再会を果たした。
作業服姿の私がプライベートビーチでゴミを拾っているのを見つけるなり、元婚約者―宮根幸樹(みやね こうき)は、あからさまに嘲りの笑みを浮かべた。
「青山理嘉(あおやま りか)じゃないか。あの時、俺がやった手袋を馬鹿にしたくせに、今じゃビーチのゴミ拾いか。いい様だな。
言っとくが、今さらお前にどんなに泣きつかれたって、もう見向きもしてやらないからな」
私は、そのみっともない独り言を吐き続ける彼を、完璧に無視した。
だって、これは息子の社会科の宿題。「親子で自宅のお庭掃除をしましょう」という課題だ。
……ただ、問題がひとつ。どうやら息子のパパが、張り切って「庭」を海岸線まで拡張しちゃったらしくて。掃除範囲が広すぎて、マジで大変だ。
* * *
私の誕生日。その日に婚約者から贈られたのは、スーパーのポイントで交換したという、薄っぺらなゴム手袋だった。
その同じ夜、彼はオークション会場で、初恋の女のために一億円の値がつく宝石を競り落とそうとしていたらしい。
当然、私は怒った。けれど彼は言った。
「俺の金で生活させてやってるんだ。家事くらい完璧にこなして当然だろ?これは結婚前、お前が俺の妻にふさわしいかどうかの最後の試練だったんだぞ。ああ、本当にがっかりだよ」
あまりの言い草に、私の方から別れを叩きつけてやった。彼は待ってましたとばかりに、その足で初恋の女にプロポーズしたそうだ。
それから五年、私たちは、眩しい太陽が照りつけるリゾートアイランドで、再会を果たした。
……
国内最大と謳われるプライベートリゾートアイランド。タラップから現れたのは、一組の華やかな男女。
オートクチュールのマーメイドドレスを完璧に着こなした堀川志津香(ほりかわ しずか)の腕を取り、宮根幸樹(みやね こうき)がエスコートする。その姿は、たちまち周囲の視線を釘付けにした。
「これはこれは、宮根社長。あなたも今回のチャリティーディナーに?会社を継いでわずか五年で、競合を次々と打ち負かしたとか。まさしく若き成功者ですな」
集まったゲストの一人にそう声をかけられ、幸樹は余裕の笑みを返す。「チャリティーなど建前でしょう。皆さんのお目当ては、『例の投資家』……違いますか?」
一同が、その言葉を肯定するように小さく頷く。今回のチャリティーパーティーの主催者は、一人の大物投資家だったから。
別の誰かが、今度は志津香に露骨な賛辞を送る。「こちらが噂の……いえ、宮根夫人でいらっしゃいますか?実にお美しい。宮根社長もさぞお幸せでしょう」
志津香はこれみよがしに幸樹の腕に絡みつき、口元を隠してクスクスと笑った。「まあ、まだ『夫人』ではないんですの。今回のプロジェクトが成功したら式を挙げると言ってくれたんですよ。しかも、それはもう盛大な結婚式ですわ」
その言葉に、幸樹の目に一瞬、暗い影がよぎる。だが、彼はすぐに完璧な笑顔を貼り付けた。「所詮は紙切れ一枚のことですから。お互いの心に、確かな絆さえあれば十分ですよ」
そのセリフに、私は少し驚いた。
五年前、私と別れた幸樹は、即座に志津香へプロポーズしたはずだ。翌日にはメディアが大々的に婚約を報じ、記者会見まで開かれていた。
誰もが羨む理想のカップル……そのはずだが、五年も結婚式を延期しているなんて。
そんなことを物陰で考えていると、臨時のスタッフだろうか、一人のウェイターが、あからさまに不機嫌な顔で私に近づいてきた。
彼は私を頭のてっぺんから爪先まで値踏みするように眺め、その目に隠そうともしない軽蔑を浮かべた。
「申し訳ございませんが。ただいまパーティーの最中でして、清掃は宴会が終了してからお願いできますか」
息子と一日中ビーチクリーン……社会科の実践授業に付き合っていた私は、倉庫にあった古びた作業服をそのまま着ていたのだ。きらびやかに着飾ったゲストたちと比べれば、招待客に見えないのも無理はない。
私は慌てて説明しようとした。「いえ、あの、このビーチは私のものでして、ここに来たのは――」
言い終わる前に、ウェイターは盛大に噴き出した。「ハッ、冗談がお上手なことで。ここの清掃スタッフが、本気でビーチが自分のものだと?寝言は寝てから言ってください。
早くお帰りください。これ以上騒ぎを起こすなら警備を呼びますよ」
彼の大声が、ついに周囲のゲストたちの注意を引いてしまった。好奇と軽蔑の視線が、スポットライトのように私に突き刺さる。
その視線の中には、他のゲストと談笑していた幸樹の姿もあった。
目が合った瞬間、幸樹は息を呑み、明らかに動揺した。「青山理嘉(あおやま りか)?」
ウェイターは驚いて幸樹を見た。「宮根様、ご友人ですか?」
幸樹はすぐに驚愕を傲慢な表情に塗り替えた。「まさか。ただの玉の輿狙いの女ですよ」
そう言い放つと、彼は人混みの中へ戻っていく。私など存在しないかのように、あるいは視界に入れることすら汚らわしいとでも言うように。
後ろ盾を失ったと見たウェイターは、もう遠慮がなくなった。いきなり私の肩を乱暴に押す。「さっさと出て行け!ここにいらっしゃるのは一流の経営者ばかりだ。パトロン探しなら、しかるべき夜の店でやれ!」
どんどん言葉が汚くなっていく。私はその手首を掴み、冷たく言い放った。「社会科見学でビーチ清掃に来ただけ。終わればすぐに帰る。もし何か損害が出たなら、全額私が責任を取る」
だがウェイターは、私を振り払おうともせず鼻で笑った。「ハッ、お前にここの何が弁償できる?そこのワイングラス一つが、お前が一生ゴミ拾いして稼ぐ金より高いんだぞ!」
なおも説明しようとした時、なぜか幸樹が戻ってきた。「理嘉。俺を追ってきたんだろうが、もう無駄だ。どんな手を使って俺の気を引こうとしても、もう興味ないからな。
一千万円くれてやるから、これでまともな服でも買って、二度とゴミ拾いなんてみっともない真似はするな」
私はその札束にも、彼にも目もくれず、ゴミ拾いを続けた。
完璧に無視された幸樹はプライドを傷つけられたのだろう。カッとなったように、私の作業服の襟首を掴んで強く引いた。
ビリッ――!
乾いた音が響き、古びた作業服が裂ける。その拍子に、首にかけていた真珠のネックレスまで引きちぎられ、純白の粒がパラパラと散らばった。
その瞬間、目ざとくそれを見つけた志津香が、口元を隠しながらも、わざとらしく驚いた声を上げた。「まあ、ひどい!もしかして誰かの愛人になったの?」
私は思わず怒鳴り返した。「何を言い出すの!?」
だが志津香は真顔で分析を始めた。「見間違えるはずがありませんわ。その真珠は去年のオークションで、正体不明の『子連れの富豪』が競り落としたものでしょう?そんなレアモノがあんたの首にあるなんて……ねえ、パトロンでも見つけたの?愛人以外の何物でもないということね?」
縦書き表示中:本文は右から左へスクロールします(← → キーでも移動できます)