エリート夫の遅すぎる後悔第1話
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娘の寧々(ねね)が六歳になったあの年、彼女は重い病に倒れた。
私が巨大グループ企業の統括部長を務める夫、桐生蒼介(きりゅう そうすけ)に半月も懇願し、ようやく彼の赴任先にあるグループ系列の総合病院で娘を治療させる許可を得た。
入院した日を除き、その後の三ヶ月間、彼は一度も娘の病室に姿を見せなかった。
四ヶ月目に入った頃、私は偶然、二人の看護師の雑談を耳にした。
「聞いた?今日、系列劇団の舞台セットが突然崩れてね、桐生部長が何も言わずに、怪我をした水瀬玲奈(みなせ れいな)さんを抱きかかえて病院に飛び込んできたのよ。大勢の人の前であんなに親密そうにしてるんだから、きっともう裏で入籍の手続きも進んでるんでしょうね!」
心臓が冷たく沈み、さらに話を聞こうとした瞬間、一人の看護師が私を見て露骨に白い目を向け、もう一人に言った。
「ほら、あそこの女。桐生部長の田舎の親戚よ。娘を連れて、私たちの系列病院にまでおこぼれに与りに来たんだから、本当に厚かましいわよね」
田舎の親戚。私と娘のことだろうか。
* * *
娘の寧々(ねね)が六歳になったあの年、彼女は重い病に倒れた。
私が巨大グループ企業の統括部長を務める夫、桐生蒼介(きりゅう そうすけ)に半月も懇願し、ようやく彼の赴任先にあるグループ系列の総合病院で娘を治療させる許可を得た。
入院した日を除き、その後の三ヶ月、彼は一度も娘の病室に姿を見せなかった。
四ヶ月目に入った頃、私は偶然、二人の看護師の雑談を耳にした。
「聞いた?今日、系列劇団の舞台セットが突然崩れてね、桐生部長が何も言わずに、怪我をした水瀬玲奈(みなせ れいな)さんを抱きかかえて病院に飛び込んできたのよ。大勢の人の前であんなに親密そうにしてるんだから、きっともう裏で入籍の手続きも進んでるんでしょうね!」
心臓が冷たく沈み、さらに話を聞こうとした瞬間、一人の看護師が私を見て露骨に白い目を向け、もう一人に言った。
「ほら、あそこの女。桐生部長の田舎の親戚よ。娘を連れて、私たちの系列病院にまでおこぼれに与りに来たんだから、本当に厚かましいわよね」
田舎の親戚。私と娘のことだろうか。
……
看護師の話からまだ立ち直れずにいると、背後から力強い足音が聞こえてきた。
振り返ると、なんと蒼介だった。
救急処置室から出てきた彼は、誰かを抱きかかえたせいでオーダーメイドの高級スーツに少し皺を寄せていたが、その全身から漂う厳格でエリートらしい雰囲気は少しも損なわれていなかった。
彼の姿を見て、私、結城彩音(ゆうき あやね)は無意識に呼びかけた。
「蒼介」
彼は聞こえなかったかのように私から目を逸らし、真っ直ぐあの二人の看護師のもとへ向かうと、今まで聞いたこともないような焦燥を帯びた声で尋ねた。
「最新の抗生剤の点滴はまだあるか」
先ほど私を睨みつけていた看護師は、たちまち笑顔を作った。
「桐生部長の要求なら、もちろんご用意いたしますよ。玲奈さんに使われるのですよね?少し擦りむいただけなのに、そこまで気にかけていただけるなんて、本当にお優しいですね!」
そう言いながら、看護師は羨ましそうな表情を浮かべた。
自分の妻の目の前で、他の女性への優しさを噂されているというのに、蒼介は何も問題を感じていない様子で、淡々と頷き、看護師が薬を持ってくるのを背筋を伸ばして待っていた。
電子カルテと薬品の在庫を確認しに行った看護師は、しばらく探した後、申し訳なさそうな顔になった。
「桐生部長、申し訳ありません。その強力な抗生剤は一本しか残っておらず、先ほど佐藤先生から、部長のご親戚の娘さんのためにキープしておくよう特別に指示がありまして。肺炎がまだ完治していないので、今日の点滴は欠かせないとのことです」
娘のことだと聞き、私は慌てて一歩前に出た。
「蒼介、水瀬さんは少し擦りむいただけなら、そんな強い抗生剤を使わなくても大丈夫でしょう。でも寧々は駄目なの。あの子はその点滴で命を繋いでいるのよ……」
私が言い終わらないうちに、蒼介は眉をひそめて私を見下ろし、有無を言わさぬ口調で放った。
「水瀬さんは業務中の事故で亡くなった元役員の遺族だ。たとえ擦りむいただけでも、それは大問題なんだ!寧々の方は、新しい薬が入荷してからでも遅くないだろう」
その言葉に私は焦り、彼が薬を受け取ろうとする手を遮ろうと伸ばしたが、力強く突き飛ばされ、よろけて背後の壁にぶつかり、腰に鈍い痛みが走った。
看護師も蒼介の言葉に同意したようで、食い下がる私を見て少し苛立ったように言った。
「あなた、もうやめなさいよ。子供を連れてこの立派な系列病院のVIP病棟で治療を受けられるだけでも、桐生部長のおかげでしょう。田舎の親戚として面倒を見てくれているだけでもありがたいのに、どうして役員のご遺族と薬を奪い合うの?」
看護師が私のことを田舎の親戚だと言った時、蒼介は一瞬表情が強張ったが、何も言わず、まるでそれを認めるかのように、抗生剤を手にして救急処置室へと戻っていった。
彼の背中を見つめながら、私は喉の奥から苦いものがこみ上げるのを感じた。
十八歳で蒼介に嫁ぎ、若くして結ばれた夫婦だったのに、まさか最後には彼の「田舎の親戚」に成り下がってしまうとは思いもしなかった。
救急処置室のドアは完全に閉まっておらず、中の様子がはっきりと見えた。
洗練されたワンピースを着た女性が自分の腕の擦り傷に消毒液を塗っており、蒼介が抗生剤を持って入ってくるのを見ると、彼女は甘えるように言った。
「蒼介さん、ほんの少し擦りむいただけなのに、こんな高価な点滴なんて大げさよ。もったいないわ!」
蒼介は薬を傍らの看護師に渡し、玲奈の手から消毒液を受け取って彼女の傷の手当てをしながら、私が聞いたこともないような優しい声で言った。
「君に使うのなら、もったいなくなんてない」
それを聞いて、私は思わず呆然と立ち尽くした。
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