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インキュバスの育成ルール第3話

この話は約1739字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。

呼吸がわずかに止まる。廻は私の名前を呼んだ。その声は、熱っぽく掠れていた。

「汐……」

彼が腕を上げて抱きつこうとしたその瞬間、まだ異常に気づいていない私はサッと身を引くと、親切心から甲斐甲斐しく布団をかけ直してあげた。

上げようとした彼の手も、不穏にゆらゆら動く尻尾も、すべて無理やり布団の中に簀巻きにした。

風邪が悪化したら大変だと、私はわざと真顔を作って警告した。

「いい子にして。暴れちゃダメ。布団を蹴るのも禁止だからね」

「……」

廻はこの世の終わりみたいな顔をして目を閉じた。

電気を消して、私は廻に背を向けて横になった。

スマホを取り出し、沈痛な面持ちでアフターサービスのチャット画面を開く。

【すみません、うちのインキュバス、なんか様子がおかしいんだけど】

すぐに返信が来た。

【お客様、飼育に関する基本的なトラブルについては、『インキュバス飼育マニュアル』をご参照ください】

【申し訳ございません。前回、マニュアルをお送りするのを忘れておりました】

私は憂鬱な気分で返事をした。

【いいよ。でもマニュアルじゃ解決しないと思う。たぶん病気だから。それも結構重い病気】

担当者は心配そうに尋ねてきた。

【お客様、そのインキュバスの症状を詳しく教えていただけますか?】

【ずっと喉を鳴らしてるし、体温も異常に高いし、いつも恨めしそうに私をじっと見てくるの】

【それは正常ですよ。お客様と一緒にいるのが嬉しいという証拠です】

私は驚き、そして喜んだ。

【なんだ、正常だったんだ。毎日家事をさせてたから、疲れが溜まって病気になったのかと思った】

担当者が動揺したのがわかった。

【家事?】

【ちょっと待ってください、お客様はインキュバスに家事をさせているんですか??】

私はきょとんとした。

【違うの?広告に『すごくデキるから、人間に極上の幸せを与える』って書いてあったじゃん】

【……】

【なるほど、それでインキュバスの様子がおかしかったんですね】

担当者は何か言いたげだ。その言葉に、私はまた焦り始めた。

【え、じゃあやっぱり病気なの?】

【お客様、彼は病気ではありません。ただお腹が空いているだけです】

【お腹?ちゃんと毎日ご飯食べてるよ】

意味がわからない。

担当者は呆れたのか、怒涛の勢いで長文を送ってきた。

【食事の空腹ではありません。お客様とキスしたいとか、もっとイケないことをしたいという意味での『飢え』です】

【そもそもインキュバスは家事をするためのものではなく、人間の欲望を解消するための存在です】

【つまり、お客様のインキュバスは、今まさに極限状態まで飢えており、お客様を貪りたいと思っているのです】

【ただ、その熱烈な視線も、暖簾に腕押しだったようですが】

最後に、ニッコリ笑う絵文字が送られてきた。

私を貪りたい?飢えてる?マジで?

慌てて一度も開いていなかったインキュバス飼育マニュアルを熟読して、私は黙り込んだ。

インキュバスは家事用じゃなかったんだ。

あの「デキる」って、家事じゃなくて、そっちの意味で「デキる」だったのか。

私は振り返った。寝ていたはずのインキュバスが、いつの間にか目を覚ましていた。彼は今、恨めしそうに私をじっと見つめていて、その瞳孔はなんとハートの形になっていた。

尻尾が、触れるか触れないかの絶妙な距離で、布団越しに私の腰へしつこく寄り添っている。

力がこもっていなかったので、今まで気づかなかったのだ。私が振り返ると、彼はビクッとして、慌てて尻尾を隠した。

それでも我慢できなかったのか、もぞもぞと身を寄せてきて、切なげに私を呼んだ。

低い声は、ミント味のキャンディを含んでいるみたいに、清涼だけど甘ったるい。

「ご主人様……苦しい」

「……」

数日前も同じことを言っていた。あんな風に甘えた声で呼んできたけど、私はてっきり風邪を引いて甘えているんだと思っていた。

だから、親切のつもりで、無理やりお湯を何杯も飲ませたのだ。

いや、効果はあった。その夜、彼はもう鳴かなかったから。ただ顔色は最悪で、拗ねた子犬みたいになっていたけれど。

でも今は……

担当者の言葉を思い出し、私は罪悪感から小さく咳払いをした。そして、自分の布団をめくった。

「じゃあ……私の布団に入ってくる?」

廻は固まり、すぐにしゃがれた声で答えた。

「入る」

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