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もう戻せない、過去のありふれた日常第3話

この話は約1787字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。

私は不安を抱えながら、郊外にある廃工場へと足を踏み入れた。

工場の中、眞一郎が作業員にスポットライトの設置を指示している。

彼の目は輝き、これまで見たことのない笑顔を浮かべている。

まるで本当に新生したかのようだった。

そして私は、彼が生まれ変わったきっかけとなった女性の姿を目にした。

洗われて色あせたTシャツを着た彼女は、作業員に水を渡している。気が強そうな横顔には、まだ未熟さを残していた。

彼女の名前は園田綾子(そのだ あやこ)。近くのレストランで働くウェイトレスだ。

その横顔は、七年前、画室で眞一郎の筆を洗っていた私によく似ていた。

眞一郎は私を見つけると、目を輝かせ、興奮しながら手を振った。

彼は私の手を引っ張り、綾子を指さし、神の啓示を得たかのような口調で言った。

「深雪、彼女に会った瞬間、俺の魂が、ようやく帰る場所を見つけた。

俺に必要なのは、新しい色なんかじゃない。素朴さなんだ!最初のあの素朴さだって、やっと分かったよ!」

私の心が見えない手でぎゅっと握りつぶされるような痛みが走り、息もできない。

ようやく悟った。

彼は新しい何かを探していたわけではない。

彼は新しい「私」を探していたんだ。

歳月に削られていない、あの頃の私を探していたんだ。

彼は工場の壁全体をキャンバスに見立てていた。

私たちが始めた頃、よく使った木炭画のタッチで、一連の壁画を描き上げている。

シリーズ名は『再生』。

どの絵の主役も、すべて綾子だった。

どの絵も、私と彼の過去の経験をなぞるように描かれている。

巨大な壁画の一つには、二人が誰もいない雪原で抱きしめ合い、体を温め合っていた。

記憶は一瞬、五年前の冬に引き戻された。

私たちは山へ出かけ、山中で道に迷ってしまった。

夜が深まり、辺りは真っ白な雪。

私は高熱を出し、体が熱く、うわごとを言い続けていた。

彼は自分が着ていたたった一枚の厚手の上着を脱ぎ、私に巻きつけた。

自分は薄いセーター一枚で、震え続けていたが、彼は私を強く抱きしめ、自分の体で寒さから守ってくれた。

あの一夜、彼は独りで、雪から私を守り通した。

しかし今、この絵の中で、彼が腕を回しているのは綾子だった。

彼は自ら、展覧会の招待状を私に手渡した。

黒いVIPカードだった。

彼は微笑みながら言った。「来てみるべきだよ。過去の遺憾を、どう修正したか見に来て」

私は彼を見つめた。目は死んだように静かだった。

展覧会初日、結局私は足を運んだ。

巨大な廃工場の中、人混みが押し寄せている。

誰もが眞一郎の原点回帰に感動し、飾り気のない芸術的魂を称賛していた。

そして私は、もう過去の存在でしかなかった。

最も致命的な一撃は、展覧会の発表会でやってきた。

スポットライトを浴びて、眞一郎は綾子の手を引き、ステージに上がる。

彼はメディアや来客の前で、綾子の手を掲げ、熱を込めて宣言した。

「綾子こそが、俺がずっと探し求めていたミューズだ!」

そう言い終えると、彼はポケットから小さな箱を取り出し、片膝をついた。

箱を開けると、中には指輪がひとつ。

私はその指輪から目が離せなかった。

その指輪は、三年前に私と彼が一緒にデザインしたものだった。

あの時、彼はデザイン画を握りしめ、私の前に片膝をついていた。

「展覧会が終わったら、この指輪で正式にプロポーズする」

窓の外の月光のように柔らかい笑みを浮かべて、彼はそう言った。

今、その優しい笑みが再び浮かんでいる。

彼は指輪を、綾子の指にはめた。

彼は忘れていなかった。

ただ、その約束を、別の誰かに与えただけだった。

もう我慢できなかった。

私はステージに駆け上がり、全員が呆然とする視線の中で、彼の手をぎゅっと掴んだ。

彼の手にある指輪を指さし、声を振り絞って問いただした。

「私は……私は一体何なの?」

眞一郎の顔には揺らぎもなかった。

彼は静かに、私の指を外した。

そして、マイクを取り、会場全体に向けて言った。

「お前は、彼女に出会う前に、一番真剣に描いた下絵だ」

場内が騒然とした。

カメラのフラッシュが狂ったように私に向かって光った。

私は皆の視線を浴びながら、ゆっくりと笑った。眞一郎を見つめ、マイクを奪い取った。

記者たちに向けて、そして七年前の自分自身に言い聞かせるように、言った。

「眞一郎、勘違いしないで。過去として切り捨てられるのは、私じゃなくてあなたよ。

この七年間は、犬にでも食わせたと思うことにするわ」

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