まだ花嫁になれない私第3話
この話は約1366字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
ところが礼司は意外にも深いため息をつき、口調を少し和らげた。
「蛍、今のは怒りに任せた言葉だと分かっているから、責めるつもりはない。
もう騒ぐのはやめてくれないか?俺たちは長年一緒にいるんだ。簡単に離婚なんてできるわけないだろ?
今の話は聞かなかったことにする。だから、もう二度と言うな。
そうそう、急で悪いが、2日間出張することになった。お前には1ヶ月休みをやるから、その間に一人でよく冷静になってこい」
礼司はそう言い捨てると、そのまま電話を切った。
電話が切れる直前、彼が若菜に小さくこう説明するのが聞こえた。「離婚なんて面倒だし、財産分与とか考えると今はできないしな……」
あとの言葉は聞こえなかったが、言わんとすることは手に取るように分かった。
どうやら礼司は、離婚することで自分の資産が減るのを恐れているのだ。
私は鼻で笑った。あまりの馬鹿馬鹿しさに、かける言葉も見つからなかった。
礼司は、昼食のメニューから会社の機密情報まで、何でもかんでも若菜に漏らす男だった。私は何度も「もっと用心した方がいい」と注意したが、彼は「若菜は信頼できるから大丈夫だ」と耳を貸さなかった。
それほど若菜のことは信じているくせに、私のことはとことん悪意のある見方で疑ってかかるなんて。
まあ、どうでもいいことだった。
私はすぐに弁護士に連絡し、離婚の手続きを依頼した。
一刻も早く縁を切りたかったので、財産には一切手を付けず、身一つで出ることにした。
続いて人事宛てに退職届を送った。私と礼司の関係を知らない人事担当者は、マニュアル通りの事務的な返信をしてきた。
「社長たちは新婚旅行中ですので、今こちらからお邪魔するわけにはいきません。1ヶ月後に改めて申請してください」
私は驚かなかった。
さっきの話から、礼司の出張なんて嘘っぱちだと気づいていた。
あの二人の新婚騒ぎは周知の事実だ。このタイミングで、誰が礼司に仕事をさせようとするだろうか?
「もう待ちたくありません。書類を受け取ってください。新婚旅行後に渡すのでもいいですから、責任は私が取ります」と伝えた。
人事担当者も迷っていたが、食い下がると渋々受諾してくれた。
礼司との契約は8年契約だったが、もう2年前に満期が来ていた。契約を更新しなかったのは、単に忘れていただけか、それとも最初からどうでも良かったのか。
この数年、礼司の頭は若菜のことで一杯だったのだから。
好都合だ。辞めるのに彼の許可なんていらない。
その後、地方にいる友人・菊地百香(きくち ももか)に電話を入れた。
理由を伝えると百香は大喜びし、すぐにこちらへ来いと言ってくれた。
百香は以前会社を立ち上げた際、優秀な技術者が不足していると言い、何度も私を誘ってくれていたのだ。
あの頃の私は、きっぱりと断っていた。
礼司の会社は、何もない所から二人で汗水たらして作った結晶だった。小さなオフィスから始まり、上場が見えるまでになった今、私はこの会社を我が子のように思っていた。
持株がなくても構わなかったし、文句なんて一度も言わなかった。
今にして思えば、本当に報われなかった。
私は迷わず百香の誘いに乗ることにし、すぐさまH市行きのチケットを取った。
空港へ到着すると、出口で待っていた百香が走って駆け寄ってきて、手際よく荷物を受け取りながら親身になって言葉をかけてくれた。
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