まさか婚約者の11股目の彼女が私だった第3話
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「君、水瀬家の令嬢だったんだな」
悠司の一言に、宴会場は一瞬、水を打ったように静まり返った。
だが次の瞬間、さっきよりもあからさまな嘲笑があちこちから漏れ出す。
「悠司、お前シラフだろ?何言ってんだよ。こいつが水瀬家の令嬢なわけないだろ。たまたま名字が同じなだけだって」
桃花も鼻で笑った。
「悠司、水瀬さんをかばいたいからって、さすがにその嘘は苦しくない?」
誰も信じようとしない空気の中、悠司は清貴へ視線を向けた。
「清貴、元カノのことなら、お前が一番よく分かってるはずだ。
彼女が水瀬家の令嬢だってこと、本当に知らなかったのか?」
清貴は眉をひそめ、私の顔を射抜くように見つめた。
その腕を、桃花がすっと自分のほうへ引き寄せる。
たったそれだけで、私と彼らの間に見えない境界線が引かれた気がした。
「悠司、水瀬さんがそんなに気になるなら、素直に口説けばいいじゃない。清貴はもう別れたんだし、誰も止めないわよ。
でも、二人で口裏を合わせてまで私たちをだまそうとするなんて……まさか、水瀬さんから何かもらってたりしないわよね?」
「悠司」
清貴の冷えた視線が、悠司に向く。
「お前、若菜とどこで知り合った?」
「もういいわ!」
これ以上、こんな茶番に付き合う気はなかった。
吐き捨てるように言った私の声を、清貴が遮る。
なぜか、その声には濃い苛立ちが滲んでいた。
「こいつをかばうのか?」
「清貴。私は本当に水瀬家の娘よ。
これは私たちの問題でしょう。江藤さんを巻き込まないで」
清貴は冷たく鼻で笑った。
「若菜。そいつをかばうために、そんな嘘までつくのか?
付き合ってからのお前は、毎日のように俺にまとわりついてたよな。服も靴もバッグも、俺が買ってやったものばかりだ。
水瀬家の令嬢様が、男にすがってブランド物を買ってもらう必要なんてあるのか?」
平手打ちの乾いた音が、静まり返った宴会場に響いた。
振り下ろした手の先が、まだかすかに震えている。
私は目の前の男を、まっすぐに見据えた。
――あの日も、清貴はこんな目をしていた。
たちの悪い男たちに囲まれ、進退きわまった私の前に、清貴は突然現れた。
怖くて何も見えなくなっていた私には、真っ暗な世界に、そこだけ光が差したように見えた。
その人が藤堂清貴だと知ったのは、あとになってからだった。
それからの私は、まるで取り憑かれたみたいに彼を追いかけた。
親友の深町渚(ふかまち なぎさ)に頼み込み、清貴が顔を出すパーティーに何度も連れていってもらった。
清貴に近づくためなら、なりふりなんて構っていられなかった。
私たちの関係が変わった、あの日。
桃花は、アルコール度数の高いカクテルを私に差し出した。
「これ、一気に飲めたら、清貴と付き合えるらしいよ?」
笑いながらそう言う桃花の向こうで、清貴は部屋の隅のソファに深く腰を沈めたまま、何も言わなかった。
私に恥をかかせて、諦めさせるつもりだったのだろう。
けれど私は、それくらいで引き下がるような性格ではない。
笑ってグラスを受け取った。
酒を唇へ運ぼうとした、次の瞬間。
清貴が血相を変えて駆け寄ってきた。
「お前、正気かよ」
怒りを隠そうともしないその目に、私はまた吸い込まれた。
けれど今、同じ目で私を見つめて、同じセリフを吐き捨てた清貴に、あの頃の温かさは少しも残っていなかった。
「お前、正気かよ」
清貴は私を壁際へ乱暴に押しやり、骨ばった手で手首をきつくつかんだ。
「そんなに、あいつにいい顔したいのか?
俺、何か間違ったこと言ったか?あの時、なりふり構わず俺を追いかけ回してきたのはお前だろ。
一か月も付き合っておいて、俺とは何もなかったって言うつもりか?」
そして、呆然と立ち尽くす悠司を横目で見やり、口元に歪んだ笑みを浮かべた。
「それとも、俺より都合のいい男でも見つけたつもりか?」
さらに顔を近づけ、耳元で低くささやく。
「若菜。俺の女だったお前を、あいつが本気で受け止めると思うか?
俺たちの関係を終わらせるかどうかは、最初からお前が決めることじゃないんだよ」
私は力任せに清貴を突き飛ばした。
かつて、胸が苦しくなるほど好きだった人を、まっすぐに見据える。
好きだった頃は、どれだけ傷つけられても、まだ清貴を選んでいた。
一度は本気で愛した人だから、最後くらいはきれいに終わらせたいとも思った。
けれど、もう十分だった。
こんな男のために、これ以上自分を傷つける必要なんてない。
言い返そうと口を開きかけた、その時。
宴会場の入口が、にわかにざわめいた。
「若菜、誕生日おめでとう!ちょっと見て、すごい人連れてきたよ!」
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