まさか婚約者の11股目の彼女が私だった第1話
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誕生日当日の夜明け前。
私は、藤堂清貴(とうどう きよたか)が用意してくれた会場にこっそり指輪を忍ばせ、彼を驚かせてやろうとしていた。
思いがけず、扉の向こうでは、まだ明かりがついていた。
床いっぱいに散らばった色とりどりの風船。
その中心で、清貴は何事もなかったように、ひとつ、またひとつと風船を結んでいる。
「別れるどころか、桃花まで呼んで誕生日会の準備をさせるなんて。お前、本気かよ?」
誰かの声がした。
清貴は退屈そうに煙草の火をもみ消した。
「あいつ、すぐ傷つくからな。別れるのも面倒なんだよ」
伸ばしかけた私の手が、扉の前で止まる。
隣にいた佐伯桃花(さえき ももか)が、くすりと笑った。
「私たち、賭けてるの。十二星座の恋人を先に全員そろえたほうが勝ち。負けたほうは、相手の願いを一つ聞くって。
清貴にとっては、あの子がもう十一人目よ。今さらやめるわけないじゃない」
扉一枚を隔てて、彼の声はあまりにもはっきり聞こえた。
「当然だろ。次の相手なら、もう見つけてある」
扉の隙間から見えた清貴の横顔。
冷たくて、知らない人みたいな顔だった。
指輪を外し、父に頭を下げて用意してもらったプロジェクト契約書と一緒に、近くのゴミ箱へ捨てた。
それきり、私はもう二度と振り返らなかった。
背後で、誰かが聞いた。
「で、あの子は何座なんだっけ?」
「さそり座」
ねえ、清貴。
さそり座の女が、いちばん執念深いって知らなかった?
* * *
誕生日当日の夜明け前。
私・水瀬若菜(みなせ わかな)は、藤堂清貴(とうどう きよたか)が用意してくれた会場にこっそり指輪を忍ばせ、彼を驚かせてやろうとしていた。
思いがけず、扉の向こうでは、まだ明かりがついていた。
床いっぱいに散らばった色とりどりの風船。
その中心で、清貴は何事もなかったように、ひとつ、またひとつと風船を結んでいる。
「別れるどころか、桃花まで呼んで誕生日会の準備をさせるなんて。お前、本気かよ?」
誰かの声がした。
清貴は退屈そうに煙草の火をもみ消した。
「あいつ、すぐ傷つくからな。別れるのも面倒なんだよ」
伸ばしかけた私の手が、扉の前で止まる。
隣にいた佐伯桃花(さえき ももか)が、くすりと笑った。
「私たち、賭けてるの。十二星座の恋人を先に全員そろえたほうが勝ち。負けたほうは、相手の願いを一つ聞くって。
清貴にとっては、あの子がもう十一人目よ。今さらやめるわけないじゃない」
扉一枚を隔てて、彼の声はあまりにもはっきり聞こえた。
「当然だろ。次の相手なら、もう見つけてある」
扉の隙間から見えた清貴の横顔。
冷たくて、知らない人みたいな顔だった。
指輪を外し、父に頭を下げて用意してもらったプロジェクト契約書と一緒に、近くのゴミ箱へ捨てた。
それきり、私はもう二度と振り返らなかった。
背後で、誰かが聞いた。
「で、あの子は何座なんだっけ?」
「さそり座」
ねえ、清貴。
さそり座の女が、いちばん執念深いって知らなかった?
玄関まで来たところで、スマホの画面がふっと明るくなった。
【若菜、明日の誕生日会、絶対気に入ると思う。かなり気合い入れて飾りつけしたんだぞ】
清貴からのメッセージが、次々と画面に浮かぶ。
風船。花束。楽しそうに笑う友人たち。
どれも、彼がこの誕生日会にどれだけ力を入れているかを物語っていた。
【なんで返事しないんだ?既読になってるだろ】
【何かあるなら、ちゃんと話してくれ。二人で向き合っていかないと、長く続かないだろ】
長く?
一度でも、私と長く付き合うつもりなんてあったの?
送信ボタンの上で止まっていた指を、そっと下へずらす。
打ち込んでいた【清貴、別れよう】の文字を消した。
彼に聞きたかった。
少しでも、私のことが好きだったのかを。
そして、今までの優しさは、全部演技だったのかを。
けれど、送信ボタンは押せなかった。
私の異変に気づいていないのか、それとも、気づいていてもどうでもいいのか。清貴は勝手にメッセージを送り続けてきた。
【俺、桃花と賭けをしたんだ】
【お前にも関係ある】
【桃花がさ、俺がお前と別れたら、俺の願いを一つ聞いてくれるって言ったんだ】
【あいつの前で負けを認めたくないの、分かるだろ?】
【若菜、協力してくれるよな?】
画面を見つめたまま、黙っていた。
なるほど。
今夜の目的は、それだったのか。
そのためにわざわざ口実を作って、私という面倒な彼女を遠ざけたらしい。
返事をしないでいると、また清貴からメッセージが届いた。
【この件が落ち着いたら、俺がお前に泣きついて、よりを戻したってみんなに言っておく。お前のメンツだけは絶対に潰さないと約束する。一回だけ合わせてくれ】
【欲しいバッグでも服でも、なんでも買ってやるから】
文字だけでは足りないと思ったのか、続けて音声メッセージが送られてきた。
聞こえてきたのは、聞き慣れた清貴の声。
けれどそこには、私に向けられたことなど一度もない、甘えるような響きが混じっていた。
「若菜、俺と桃花が賭けてること、仲間はみんな知ってるんだ。桃花なんて、俺に手本を見せるために、とっくに彼氏と別れたんだぞ。でも俺は、お前が傷つくのが嫌で、ずっと先延ばしにしてた。
今日もみんなに笑われたんだ。お前は勝負から逃げてるだけだって。
形だけでいいから別れよう。俺が賭けに勝ったら、頃合いを見て、お前とよりを戻したって言えばいい。だから……」
音声は、そこでぷつりと途切れた。
ざわついた背景音の向こうから、桃花の声が聞こえる。
「清貴、こっち来て飲みなよ」
私は「いいよ」とだけ返信し、そのまま清貴をブロックした。
トーク画面を閉じ、スマホの壁紙を変える。
それまで壁紙にしていたのは、清貴とのツーショットで、付き合って一週間ほど経った頃に撮った写真だった。
その時、ショッピングモールでこっそり二人の写真を撮ろうとして、すぐ彼に見つかった。
清貴は甘やかすように私の髪を撫でると、手からスマホを取り上げた。
「写真が欲しいなら、最初からそう言えばいいだろ」
彼がボタンを押す、その瞬間。
頬に、清貴の唇が触れた。
あの時、「ばかだな」と笑う彼に、私はむきになって言い返した。
今思えば、本当にばかだった。
彼の目の奥に浮かんでいた、面白がるような光に、もっと早く気づくべきだったのだ。
重たい体を引きずるようにして家へ帰ると、ソファには清貴が座っていた。
余裕たっぷりに足を組み、どこか拗ねたような顔でこちらを見上げている。
かすかに酒の匂いがした。
「俺をブロックしたんだな?なんでだ?」
清貴がスマホを掲げる。
画面には、私とのトーク画面。前回のやり取りの後、彼はまたメッセージを何通か送ってきていたが、二度と既読がつくことはなかった。
私は清貴を押しのけた。
「私たち、別れたから」
清貴が口を開きかけた、その時だった。
「清貴のボディソープ、すごくいい匂い」
不意に、女の声がした。
声のほうへ視線を向ける。
桃花が、清貴のバスローブを羽織り、私のスリッパを履いて立っていた。
私の家なのに。
「誰の許可で、その女をうちに入れたの?」
「桃花は酔って服を汚したんだ。ここが近かったから、少しきれいにさせようと思って」
桃花はべったりと清貴に絡みつき、私を指さした。
「この子、怖い……
別れてよ。ねえ、彼女と別れて」
清貴は眉をひそめ、小さな声で桃花をなだめた。
「聞いてなかったのか?もう別れたって言っただろ。わがままなやつだな」
「清貴。その女と一緒に、今すぐ出ていって」
清貴が一瞬、固まる。
「若菜、桃花は酔ってるんだ。少しくらい大目に……」
「出ていって」
もう一度、同じ言葉を繰り返した。
清貴の顔色が変わる。
「若菜、そこまでする必要あるか?」
そうだ。私も、自分に聞きたかった。
こんな男のために、そこまでする価値があるのか、と。
清貴の手首には、私が贈ったブレスレットがまだついている。
けれど今、その腕が抱いているのは別の女だった。
そんな価値なんてない。
残っていた力を振り絞り、二人を玄関の外へ押し出した。
「もう二度と、私の前に現れないで」
部屋の中が、急に静かになった。
その静けさを破るように、スマホの着信音が鳴る。
【演技、うまかったな。本当に別れたみたいだった】
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