どうか、他人でいられますように第3話
この話は約1506字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
約束を破られた怒りなど、微塵も感じなかった。ただ一人、公園のベンチに座っていた。
夜空に散りばめられた星々を眺めながら、この光景が無性に懐かしかった。
「こんなにたくさんの星を見るのも、久しぶりだな……」
突然、横からの手が、私の手首を掴んだ。
ぱしっ!
頬に走る灼けるような痛みに、私は呆然と立ち尽くした。
隣に現れた涼太の顔色は恐ろしいほど険しく、その目に宿る怒りが今にも溢れ出しそうだ。
「この悪女め!わざと桜を侮辱させて、自殺まで追い込もうとしたのか!
結婚すると約束したのに、まだ満足してないのか?!
桜を死なせなきゃ気が済まないのか?!」
怒りを抑えきれず、涼太は再び私の頬を激しく叩いた。
そして口を開く隙すら与えられず、私は無理やり車に押し込まれた。
……
診療所に着くと、病室のベッドに青白い顔をした桜が横たわっている。
手首の包帯から血が滲んでいる。どうやら、自殺の話は本当だったらしい。
彼女は目を閉じたまま、口ではうわ言のように繰り返している——
「ごめんなさい……涼太さんに付きまとって、悪かった……お願い、許して、もう殴らないで……」
問い詰めようとした瞬間、私は激しく背中を突き飛ばされた。
よろめいて机の角にぶつかり、激痛が走って顔色が一瞬で青ざめたが、後ろに立つ涼太の目に宿る嫌悪の色はさらに深まった。
「よくもこんなことを!
さっさと桜に謝罪しろ!」
私は呆然と彼を見つめた。
「でも……私では……」
「嘘つくな!」
看護師が入ってきたおかげで、激怒した涼太がその場で手を上げずに済んだ。
「患者さんは大量出血しており、至急輸血が必要です」
涼太に、私の腕がすぐ掴まれた。
「こいつもAB型だ。こいつから採血するんだ!」
そういうことか。私をわざわざ病院に連れてきたのは、桜に輸血させるためだったのか。
しかし彼は知っているはずだ。幼い頃から私は貧血気味で体が弱く、無理に採血すれば体を壊す恐れがあると。
それでも彼は有無を言わさず、私の袖をまくり上げた。
「これは桜に償うべきものだ!」
太い針が皮膚を貫き、真っ赤な血がチューブを伝ってパックに流れ込んでいく。顔を上げると、私を逃げ出さないよう見張っている涼太と目が合った。
「涼太さん。
一瞬でもいい。あの日、私を助けたことを後悔したことはありますか?」
涼太は一瞬固まり、目を伏せた。
「後悔なんかしない。あの日は誰であろうと、俺が必ず助けにいく」
私は無理に笑みを作った。顔を背けて、頬を伝う涙を誰にも見られないように。
針を抜かれ、私は立ち上がった。強烈なめまいに、思わず体がふらついた。
反射的に支えようとした涼太を、私はそっと押しのけた。
「涼太さん、もう纏わりつくことはないです。
あなたを手放して、それで自分も楽になるのです」
生まれ変わって初めて分かった。私たちは、棘だらけのつたのようなものだと。
絡み合えば絡み合うほど、互いに傷つけ合う。
そして疲れ果ててようやく気がつく。最初から、出会うべきではなかったのだと。
涼太の目に、一瞬の動揺と困惑がよぎった。
「な、何を言って……!手放すって、もう結婚するって決まって……」
言葉が終わる前に、看護師が小走りで駆け寄ってきた。
「高橋さん、小林さんが目を覚まして、会いたいと……」
眉をひそめた涼太は、困ったような目を私に向けた。
私はただ、淡く微笑んだ。
「行ってください。患者さんが大事です」
奇妙な表情を浮かべたが、それでも涼太は立ち上がった。
「すぐ戻る。待っていろ、家まで送っていくから」
私は何も言わなかった。その後ろ姿を見送りながら、心の中で呟いた。
「ごめんなさい。あなたの世界に現れるべきではなかった。
これからの人生、どうか安らかに、幸せに……」
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