たかがキスごときで離婚するなんて大げさじゃないか第3話
この話は約1509字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
頭の中で何かが切れる音がした。
その瞬間、全てがはっきりと分かった。
七年という歳月も、結局は川村月子の甘えた一言にも及ばなかったのだ。
心が空っぽになって、体から魂が抜け出てしまったような感覚。
疲れ切った体をベッドに投げ出すように横たわると、すぐに深い眠りに落ちた。
目覚めた時には既に朝の光が差し込んでいた。予想通り、鈴木誠の気配はどこにもない。
空腹を感じて、スマホで行きたかったレストランを探した。
心が空っぽなら、せめて胃だけでも満たそう。
レストランに入った瞬間、目に飛び込んできたのは誠と月子の姿だった。
二人は肩を寄せ合い、まるで新しい恋を始めたばかりのカップルのように見えた。
私を見つけた鈴木誠の表情が一瞬で曇った。
「安奈、まさか俺のことを付けてきたのか?
女としてそこまで落ちぶれるとは」
私は疲れたように溜息をついた。こんな皮肉な巡り合わせもない。
「違うわ。ただ食事に来ただけよ」
このSNSで話題のカップル向けレストラン。
このSNSで話題のカップル向けレストラン。何度か誠を誘ったことがあったけれど、その度に「そういう店は好きじゃない」と冷たく断られていた。
今、鈴木誠は川村月子と向かい合って座り、ハート型に盛り付けられた特別コースを前に微笑んでいた。
テーブルには、お揃いのカトラリーまで用意されている。
「素敵なお店ですね」
川村月子が笑顔で鈴木誠に甘えるように言った。
「気に入ったの?また来ようね」
鈴木誠も優しく微笑んだ。
その光景が目に焼き付き、私の胸が痛んだ。
そこへ店員が二人に近づいてきた。
「カップルのお客様に限り、お二人で写真を撮っていただきますと、外の観覧車を無料でお楽しみいただけます」
川村月子は目を輝かせながら言った。
「まあ!誠くん、観覧車に乗りましょう!頂上でのハグ、素敵だと思いません?」
鈴木誠は川村月子の髪を優しく撫でながら返事した。
「うん、月子の言う通りにしよう」
二人は観覧車をバックに寄り添って写真を撮った。
その写真は店内の最も目立つ場所に飾られることになった。
川村月子は私の姿を見つけると、得意げな表情で近づいてきた。
「安奈さん、誤解しないでくださいね。誠くんは私の願いを叶えてくれただけですから。
私たち、そういう関係ではないんです」
鈴木誠は私に気付くと、それまでの笑顔が一瞬曇った。
彼は川村月子を抱き寄せ、深い愛情を込めて見つめながら言った。
「そんな説明、要らないだろう。安奈には、こういうロマンチックなことは縁がないんだから。
さあ、観覧車に行こう。頂上で願い事をすると叶うんだってさ」
川村月子は嬉しそうに声を弾ませた。
「本当ですか?じゃあ、誠くんのような素敵な人と結婚できますようにって。
おバカさん、俺がここにいるじゃないか」
寄り添いながら遠ざかっていく二人の後ろ姿に、もう全てを諦める時が来たのだと悟った。
食事も喉を通らず、そそくさと家路についた。
帰宅するなり、荷物をまとめ始めた。
壁に掛かった結婚写真が目に入る。
幸せそうにキスを交わす二人の姿。
胸が苦しくなった。
躊躇することなく、その写真を外してゴミ箱に投げ入れた。
鈴木誠との七年間の恋愛。
確かに幸せだった日々もあった。
毎朝、優しいキスで目を覚まし。
生理の時は、大きな鍋いっぱいの生姜湯を作ってくれた。
落ち込んだ時は、いつも私の話に耳を傾け、励ましの言葉をかけてくれた。
このまま永遠に続くと信じていた。
でも川村月子が現れてから、全てが一変してしまった。
もうここには一瞬たりともいたくない。
この家は私の名義なのだから、離婚後に取り戻せばいい。
テーブルに離婚届を置いた。
卑屈な想いでは、対等な愛は手に入らない。
鈴木誠、これが最後の別れね。
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