たかがキスごときで離婚するなんて大げさじゃないか第2話
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鈴木誠との付き合いは七年。結婚生活も五年が経った。
学生時代、私が鈴木誠に恋い焦がれていたことは、誰もが知っていた。
必死に想いを伝え続けた甲斐があって、ついに結婚の夢を叶えることができた。
結婚後、私たちは両親が所有する別荘に住み始めた。
私は貯金を全て投じて鈴木誠の起業を後押しした。
父の持つ人脈を総動員し、その会社は瞬く間に無名から年商数億円規模の企業へと成長を遂げた。
わずか五年で、鈴木誠は「新進気鋭の実業家」として世間の注目を集めるようになった。
結婚式の誓いの言葉が今でも耳に残っている。
「安奈、この命ある限り、お前だけを愛し続けることを誓う」
幸せに包まれていた私は、表舞台から静かに身を引き、経営権も全て夫に委ねた。
しかし、富を手に入れた途端、鈴木誠は学生時代からの憧れだった川村月子を秘書として呼び寄せた。
以前の私なら、きっと取り乱して大騒ぎしていただろう。
そうすれば決まって、鈴木誠は高圧的な態度で「大げさすぎる」「疑り深い女だ」と私を責め立てたはずだ。
だが今は違う。取引先との接待中に突然の出血で倒れ、救急搬送された私は、そこで初めて妊娠していたことを知り、そして同時に流産を告げられた。
必死に夫に連絡を取ろうとしたが、かけた電話は全て拒否された。
後になって分かったことだが、その時、夫は川村月子と熱い口づけを交わしていたのだ。
その時、長年積み重ねてきた愛情も、信頼も、全てが砂のように崩れ落ちていった。
怒号を浴びせる夫の顔を見つめながら、苦い笑みがこぼれた。
外では激しい雨が降り注ぎ、轟く雷鳴が響く。まるで私の心の叫びを代弁するかのようだった。
「鈴木誠、私たち、離婚しましょう。家も車も私の婚前財産よ。会社の株式は半分ずつ分けることで」
鈴木誠は目を見開き、まるで私を見る目が変わったかのように睨みつけてきた。
「バカなことを言うな。たかがキス一つで離婚だと?こんな心の狭い女性だったとは思わなかったぞ」
反論しようとした私の言葉を遮るように、鈴木誠の携帯が鳴った。受話器から甘えた声が響いてきた。
「誠くん......雷が怖くて......独りは寂しいの。そばにいてくれないかな?」
「今から行くから。もう少しだけ待っていて」
今まで一度も聞いたことのない、蜜のように甘い声だった。
通話を切った鈴木誠は、冷たい眼差しで私を見据えた。
「今の話は忘れろ。落ち着いてから、もう一度よく考えろ」
目の前の男は、かつて愛した人とは思えないほど、見知らぬ人のように感じられた。
「行かないで......私と一緒にいて」
私がシャツの裾を掴むと、鈴木誠の表情が一変した。
「いい加減にしろ!月子は雷が怖いんだ。一人で置けるわけないだろう!」
そう吐き捨てると、振り返りもせずにドアを開けた。
轟く雷鳴が一層激しさを増し、私は部屋の隅で膝を抱えた。
私だって、雷が怖いのに。
幼い頃から、仕事に追われる両親に構ってもらえず、雷の夜はぬいぐるみを抱きしめて震えていた。
鈴木誠と出会って初めて、誰かに守られる温もりを知った。
「雨の夜は、必ずそばにいるから」
そう約束してくれたはずなのに。
今、鈴木誠は躊躇いもなく月子のもとへ行ってしまった。
彼女を一人にできないって?私はどうでもいいの?
三十分後、月子のSNSが更新された。
投稿された写真には、二つの手が重なり合っていた。
見覚えのある緑のロレックス、白いシャツ、そして鈴木誠の手。
ただ、薬指からは結婚指輪が消え、かすかな跡だけが残されていた。
川村月子は写真にこんなコメントを添えていた。
「もぉ〜困っちゃう♡こんな大雨の中、会いに来てくれるなんて。優しすぎ」
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