それぞれの人生を歩もう第3話
この話は約1222字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
私は離婚協議書をリビングのテーブルに置いた。
知樹は、それを見たらきっと喜ぶだろう。
九年間暮らした家を本当に離れるとき、やはり名残惜しさはあった。
ポケットの中のスマホが震えた。病院から、再検査に来るようにとの連絡だった。私は気持ちを抑えて片づけた。
タクシーで病院へ向かう途中、どうしても知樹の顔が頭をよぎる。
彼が協議書を目にしたとき、どんな表情をするのだろう。
しかし、私が顔を上げた瞬間、日夜恋い焦がれていたその顔が目に飛び込んできた。
知樹が産婦人科の入口に立っており、その傍らには伊織がいた。
彼は伊織を腕に抱き、甘えるように彼女の鼻先をつついていた。
まるで夫婦そのもののように幸せそうだった。
あまりに熱い視線を送ったせいか、知樹はすぐに私に気づいた。
彼は慌てて伊織を抱く腕を引っ込め、気まずそうにこちらへ歩み寄った。
「望美、どうしてここに?」
彼は緊張のあまり唾を飲み込み、何度も伊織に合図を送っていた。
「仕事が終わって戻ったばかりだ。たまたま伊織に会って、少し体調悪いっていうから、病院に付き添ってあげたんだ。
わかるだろ。俺と伊織はただの友達だ。彼女はこっちに来たばかりで不慣れだから、放っておけなくて。お前も変に考えるなよ……」
彼は言い訳が完璧で、私を騙せると自信満々だ。
以前の私は何も疑わず彼を信じていたが、今はもう決して信じない。
私は信じたふりをして、追及しなかった。
あまりに冷静な態度に、知樹は驚いたように、言いかけてはやめた。
しばらく沈黙していた伊織は、一歩前に出て微笑んだ。
「私と知樹は仲のいい友人なの。望美さんは気にしないよね?
変に考えないで。私がお願いして、付き添ってもらっただけだから」
伊織が話す間、知樹は彼女から視線を離さず、瞳に愛情を隠しもしなかった。
その眼差しを、彼が私に向けてくれたのは、いつが最後だっただろう。
今、喉がひどく乾いているだけだと感じた。私はかすれた声で口を開いた。
「わかってるわ。あなたたちは、友達関係だもの」
私のよそよそしい口調に、知樹は苛立ちを見せた。
彼は私を強く突き飛ばし、険しい声を浴びせかけた。
「望美、何でお前が病院にいるんだ?」
そして何かに思い当たったのか、さらに怒気を含んだ声を張り上げた。
「望美!まさかお前、俺を尾行してたのか?ただの記念日ごときで?」
知樹はそう思っているのか?加害者が先に罪をなすりつけた。
「尾行なんてする暇ないわ。あなたの考えすぎよ」
私の冷たい声に、彼の不満はさらに募った。彼の怒りはどこにもぶつけることができず、口を開きかけては止めた。
私がいつも熱心に彼を支えてきたからこそ、その態度の変化に耐えられないのだろう。
「望美!調子に乗るなよ。俺はこれまで十分に良くしてきただろ!」
彼の声はさらに荒れ、私への不満を一方的にぶつけてきた。
私は深く失望したまま、発行されたばかりの診断書を握りしめていた。
彼の心はすでに伊織のもので、私に向けられることは二度となかっただろう。
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