さよなら、七年分の「片想い」第2話
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大型契約がまとまりかけていた夜、都内の高級料理店の個室で、最終打合せを兼ねた会食が開かれた。颯真も同席していた。
契約が決まりかけたところへ、莉奈が突然入ってきた。
自分も挨拶したいと言い、取引先の社長に、しつこく酒を勧めるなんて信じられなかった。
先方の社長は、あからさまに不快そうな顔をしていた。
それでも莉奈は、相手が嫌がっていることにまるで気づいていなかった。
入社したばかりのインターンが、取引先の社長に無理やり杯を持たせようとするなんて、理解できなかった。
私は莉奈を止め、先方に何度も頭を下げた。
そして、莉奈にもきちんと謝って席を外すよう言った。
ところが、莉奈は突然、大声で泣き出した。
「晴香さん、同じ女同士なのに、どうしていつも私を困らせるんですか?嫌だって言ってることまで、無理やりやらせて……」
あのとき、颯真が険しい顔をしていたのは、契約がまとまらなかったからだと思っていた。
けれど、違った。彼が腹を立てていたのは、私が莉奈に謝らせたことだった。
もう、疲れた。
「何も企んでないよ。颯真、私たちも終わりにしよう」
表情をこわばらせた颯真を社長室に残し、デスクの私物をまとめると、私はそのまま会社を後にした。
家に戻ると、すぐに荷造りを始めた。
7年分の暮らしを片づけるのは、簡単ではない。
引き出しを開けた瞬間、手が止まった。
中に、見覚えのない網ストッキングが入っていた。
ところどころ破れ、無造作に丸められている。
私は写真を撮って颯真に送ると、そのままゴミ箱へ捨てた。
彼から言い訳のメッセージが次々と届いたが、返事はしなかった。
代わりに、神谷湊(かみや みなと)へ電話をかけた。
「私と付き合いたいなら、先にプロポーズして」
……
湊は電話の向こうで、うれしそうに声を弾ませた。
荷造りを手伝うと言ってくれたが、断った。
颯真と鉢合わせになれば、間違いなく揉める。これ以上、騒ぎを大きくしたくなかった。
市内の西側には、私名義の小さなマンションがある。
今回の賞与が入れば、住宅ローンを完済できるはずだった。
ローンを払い終えれば、ようやくそこが本当の意味で自分の家になる。
そう思うと、少しだけ気持ちが軽くなった。
そのとき、玄関の外から足音が聞こえてきた。引っ越し業者だと思い、確かめもせずにドアを開ける。
そこに立っていたのは、颯真だった。
去年、急性虫垂炎で高熱を出したとき、病院へ連れていってほしくて颯真に電話をかけた。
だが、返ってきたのは冷たい言葉だった。
「仕事中だ。タクシーくらい、自分で呼べるだろ」
ところが先週、莉奈がぬるいお茶を足にこぼして痛いと騒いだときには、彼女を抱きかかえ、自分の車で病院へ連れていった。
颯真が仕事を早退したことなど、これまで一度もない。
だが、莉奈のためなら仕事を放り出すこともできるらしい。
そんな彼が今日は、私を追って会社を抜けてきた。今さら、皮肉なものだ。
颯真はまとめられた荷物に気づくと、声を上ずらせた。
「何してるんだ?別れるなんて、本気じゃないんだろ?俺に謝ってほしくて、こんなことしてるだけだろ。
さっきメッセージで説明したじゃない。あのストッキングは莉奈が置いていったものだ。
雨に濡れていたから、家で休ませて温かい飲み物を出した。ストッキングが破れていたから、着替えを貸した。それだけだ」
2週間前、私が海外出張から戻った日のことを思い出した。
外は大雨で、空港まで迎えに来てほしいと頼んだが、颯真は残業だから無理だと言った。
ずぶぬれで帰宅すると、テーブルの上に、まだ温かいお茶が置かれていた。
私のために淹れてくれたのだと思い、うれしくなって口をつけた。
けれど、あれは莉奈の飲み残しだったのだ。
颯真も同じことを思い出したのか、気まずそうに視線をそらした。
「変な誤解するなよ」
私は静かに首を横に振った。
「誤解なんてしてない。もう、どうでもいいから」
私が責めないことのほうが気に入らないのか、颯真はしばらく黙ってこちらを見ていた。
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