さよならは言わずに、海を渡った第1話
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あなたはいつ、大好きな人を諦める決心をするのだろう。
私の場合は、留学の申請がようやく通った日だった。申請が通ったことを知った瞬間に、彼氏にメッセージを送って報告しようとした。
けれどLINEを開いて、下までスクロールしてやっと彼とのトーク画面を見つけた。
最後にやり取りしたのは1ヶ月前の何か小さなことで、大喧嘩をした日だ。
最後は彼から音声メッセージが届いた。声には、どこか投げやりな響きが混じっていた。
「芽依、茉優だってわざとじゃないだろ。そんなに根に持つなよ」
「先に茉優の実験データを印刷しに行ってくる。戻ったら、ケーキ買ってやるから」
その後から彼は、後輩の桃井茉優のコンテスト指導や実験に付き合うのに忙しくなった。
私も単位のことやプロジェクト、IELTSの対策とやることが山積みで、彼に返信をする余裕すらなかった。
あの時の自分が何を根に持っていたのか、それすら思い出せなくなった。
ただ、1ヶ月経ってこのやり取りを見返して、ふと気づいたことがある――
本当の別れに「さよなら」の一言なんて要らないものなんだと。
* * *
私・早瀬芽依(はやせ めい)の出国前最後の食事は、親友の松岡結菜(まつおか ゆいな)と一緒だった。
「時間が経つのって本当に早いね。前にこの店に来たのは、芽依の彼氏が告白を計画してた時だっけ……」
結菜は言いかけて、何かを思い出したように言葉を止めた。
しばらく黙り込んでから、小さな声で聞いてきた。
「芽依、本当に別れたの?
あんた、あいつのこと丸ごと10年も好きだったじゃない」
私はきゅうりの酢の物を箸でつまんだ。
酢が効きすぎていて、酸っぱさに舌がひりついた。
別れた?まあ、そういうことになるんだろう。
実際のところ、黒瀬蓮(くろせ れん)と私の間に「別れよう」なんてセリフはなかったし、儀式めいたお別れの挨拶もなかった。
ただ、日常となりつつあった冷戦の末、お互いに「これもいつもの喧嘩だろう」と、当たり前のように思い込んでいたに過ぎない。
しかし、今回は違った。
そのまま、続きはなかった。
私たちはそれぞれの生活を続けた。相変わらずご飯を食べて、勉強をして。
ただ、お互いに連絡を取らなくなっただけ。
……それが、私たちが辿り着いた「別れ」の形だったのだろう。
店員が使い終わった皿を下げてから、テーブルの上に焦げ跡が小さく残っているのが見えた。
それを眺めていて、箸を動かすのを忘れていた。
2年前、同じこの店で、蓮は私の友人を全員集めて、大掛かりな告白を計画した。
彼は自分の体を特大の着ぐるみに押し込んで、ハート型の風船を大きな束で抱えながら、そっと私の前まで運んできた。
風船の紐の先には、値の張るブレスレットと、1万字にも及ぶラブレターが結びつけられていた。
後から蓮が言うには、着ぐるみの中に隠れたのは、もし告白が失敗した時のためだったらしい。
あの着ぐるみの中でなら、誰にも見られずに泣けるから、と。
けれど、まさか私が頷くとは思っていなかったようだ。
彼は嬉しさのあまり、私を抱き上げてくるくると回り、その拍子にテーブルの上の飾り用のキャンドルを倒して、テーブルの端を少し焦がしてしまった。
あの時、蓮は店主の桑原丈治(くわばら じょうじ)に頭を下げて謝り、弁償を申し出た。
丈治は、蓮が私の手をしっかりと握っているのを見て、気前よく手を振った。
「弁償はいらないよ。でも兄ちゃん、付き合うからにはちゃんと大事にしてやりな」
あの時の蓮の目はきらきらしていて、必ずそうすると力強く言い切った。
その後、彼は確かに約束を守って、ずっと私によくしてくれた。
ただその優しさは、後輩の桃井茉優(ももい まゆ)にも同じように向けられていた。
また新しい皿が運ばれてきて、我に返った私は一瞬戸惑った。
「すみません、これは注文していないのですが……」
丈治はにこにこしながら私に手を振った。
「サービスだよ。久しぶりに来てくれたんだから」
そう言ってから、「あれ」と声を上げた。
「彼氏くんは?一緒じゃないのかい?」
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