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これより先、それぞれの幸せを第3話

この話は約1948字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。

午後、青嵐のクライアントから、提案会には私を出席させてほしいと名指しで依頼が入る。

夏海の笑顔が、少しだけ曇る。

「クライアントが企画の担当者に会いたいなら、当然、私が行くべきでしょう」

営業担当が困ったように口を開く。

「先方は以前、白川さんが担当した案件をご覧になっていて、白川さん本人にプレゼンしてほしいと明確に希望されています」

湊が私を見る。

「じゃあ、二人で行けばいい」

夏海は資料をめくりながら、静かな声で尋ねる。

「私がプレゼンして、白川さんには質疑応答を担当してもらう。それでいい?」

私が答えるより先に、湊が口を挟む。

「そうしよう」

提案会が始まり、夏海は私が作った資料を使って話し始める。

けれど10分もしないうちに、肝心のデータを逆に説明してしまう。

クライアントが、その場で話を遮った。

「前田さん、このユーザーモデルを作ったのはどなたですか?」

夏海の顔から血の気が引く。

私はマイクを受け取り、モデルの内容を最初から説明し直す。

クライアントの険しかった眉が、少しずつ緩んでいく。

「なるほど、そういうことですか。こちらのほうが正しいですね。今後の打ち合わせは、白川さんと直接進めさせてください」

帰りの車内、夏海はずっと黙ったままだ。

先に口を開いたのは湊だった。

「白川。さっき、あそこまで口を挟む必要はなかっただろ」

「データを逆に説明してたから」

「彼女に教えてあげればよかっただろ。みんなの前で恥をかかせる必要はない」

私はバックミラーを見る。

助手席の夏海は、絶妙なタイミングで目を赤くしている。

「じゃあ、会社がこの案件を失うのを黙って見ていればよかったの?」

「案件は失わない」湊の声が少し低くなる。「お前はただ、自分のほうが彼女より優秀だって証明したかっただけだろ」

夏海が振り返る。

「二人とも、もうやめて。全部私が悪いから。白川さん、私のことが嫌いなのは分かってる。でも、仕事は仕事でしょ。そこに私情を持ち込まなくてもいいんじゃない?」

私は、ふと可笑しくなる。

「私がどうしてあなたを嫌いだと思うの?」

「湊から……じゃない?」

何気ない口調で、夏海は言う。

湊がすぐに遮る。

「夏海」

「違うの?」夏海は小さく笑う。「親睦会のときから、ずっと湊のことを目で追ってたじゃない。それに、白川さんがよく湊の後をついて帰ってるって話も聞いたことあるよ」

背筋が凍る。

確かに、会社の人の中には、私が湊のマンションに入っていくところを見た人もいる。

付き合っていた2年間、私はときどき、あの部屋に泊まっていた。

湊はハンドルを握ったまま、淡々と言う。

「たまに資料を届けに行ってただけだ。変な想像するな」

夏海は意味ありげに「ふーん」と声を漏らす。

車内が静まり返る。私はもう、何も説明しない。

会社に戻ってから、青嵐プロジェクトの原資料がまだ湊のマンションに置いたままだったことを思い出す。

夜、私は資料を取りに向かう。けれど、玄関の指紋認証はエラーになった。

湊が帰ってきたのは、それから30分後だった。

彼は玄関を開ける。けれど、私を中へ入れようとはしない。

しばらくして、部屋の中から段ボール箱を一つ運び出し、私の前に置く。

「お前の荷物、全部ここに入ってる」

「どうして私の指紋を削除したの?」

「夏海がホテル暮らしに慣れないから、しばらくここに泊まることになった」

湊は低い声で説明する。「お前が暗証番号を知ってるって聞いたら、余計なことを考えるだろ」

その言葉が終わった直後、主寝室から夏海が出てくる。身につけているのは、湊のシャツだ。

夏海はわざとらしく驚いた顔をする。

「白川さん、どうしてここに?」

私は湊を見つめる。

「どうして彼女が主寝室にいるの?」

湊が私の視線を遮るように立つ。

「客室のエアコンが壊れてる。ここで騒ぐな」

夏海はドア枠にもたれながら、意味ありげに言う。

「ねえ、湊。白川さんって、本当に資料を届けに来てただけなの?」

私は湊の答えを待つ。

数秒の沈黙後、湊は段ボール箱を玄関の外へ押し出す。

「そうだ」

ドアが、私の目の前で閉まる。

その向こうから、夏海の声が聞こえてくる。

「ねえ、白川さんは、もしかして湊のこと好きなの?」

湊の低い声が返ってくる。

「放っておけ」

次の瞬間、「ピッ」と電子ロックの音が鳴る。完全に、私はドアの外へ閉め出された。

翌日。夏海が会社で、青嵐プロジェクトの最終案を発表する。

そこから、私の名前は完全に消えている。

着替え室で、夏海が私の前に立ちはだかる。

「昨日、私が湊のシャツを着てるのを見て……つらかった?」

私は彼女を避けて通ろうとする。

「どいて」

夏海が私の腕をつかむ。

「湊は言ってたよ。あなたは何度か資料を届けに来ただけだって。でも、自分を好きでもない男にいつまでも付きまとってるなんて……恥ずかしくないの?」

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