この想いは風月にあらず第3話
この話は約1504字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
南がいちばん好きな場所はディズニーランドだった。
それは、彼女の幼少期があまりにも不幸だったから。
ディズニーの世界にはおとぎ話とお菓子しかない。
けれど、彼女の子ども時代は、暴力と涙で塗り潰されていた。
今でも、古びた新聞には当時の事件が記録されている。
【妻、夫の家庭内暴力に耐えかねガスコンロに火をつけ無理心中を図る。逃げ遅れた2人の娘、1名死亡・1名重傷】
その「重傷」を負ったのが南で、2歳年上の姉は、命を落とした。
南が「アナと雪の女王」のエルサを好きな理由も、姉がいちばん好きだったキャラクターだからだった。
そして、エルサには心から愛していた妹がいた。
まるで、南の姉のように。
いつも黙って見守り、彼女を守ろうとしてくれていた、優しいお姉ちゃんのように。
だからこそ、エルサという存在は南にとって特別な意味があった。
彼女にとって、エルサは亡き姉の象徴でもあったのだ。
それなのに今、開人は自分が外で囲っている愛人にエルサの格好をさせて、南に向けて歌わせ、誕生日を祝わせたのだ!
「前に言ってたよね。子どもの頃は不幸だったから、ディズニーが好きなんだって。ここはまるでおとぎ話の世界で、すべての傷を癒してくれるって」
南の異変に気づくこともなく、開人は彼女の手を取り、手の甲にそっとキスを落とした。
そして、情熱的に囁いた。
「過去に戻って、君の子ども時代を変えることはできない。でも、これからの毎日、君を子どものように甘やかして、毎日が童話みたいな日々になるようにしてあげたいんだ」
もう、限界だった。
南はたまらず、開人の頬を思いきり平手で打った。
そして顔を手で覆い、その場から駆け出した。
開人は、何が起きたのかわからず呆然とし、少し遅れてからあわてて追いかけた。
「南!」
二人はしばらくの間、追いかけっこをした。
だが最終的に、長い脚の利を活かした開人が南に追いついた。
「南!」
彼は南の腕を掴み、無理やり抱きしめた。
「いったい何があった?突然泣き出すなんて......どうしたんだよ?」
見ての通り、彼はいつだって完璧な演技者だった。
あれほどの告白の最中に平手打ちを食らっても怒ることなく、まずは彼女の情緒を気遣い、「なぜ泣いてるのか」と問いかける。
でも南は、もう何もかも誤魔化したくなかった。
「何があった、だって?あんた、本当に分かってないの?」
「南......何の話だ?俺には何も......」
開人は眉をひそめながら言った。
「もういい加減にして!とぼけるのもやめて!」
南は今にも崩れそうな声で叫んだ。
「羽彌とのこと、もう知ってるよ。彼女、昨日あんたが送ったブルーダイヤの指輪を指にはめてた......なんでこんな気持ち悪いことをするの?」
もう、十分だった。
本当に、もう限界だった。
すべてが終わってしまえばいいと思った。
彼女はこれ以上、際限のない嘘や、惨めな自己欺瞞の中に生きていたくなかった。
そんな南の怒りと悲しみを、開人は静かに受け止め、
やがてポケットから青いベルベットの小箱を取り出した。
「......ねぇ、南の言ってる『ブルーダイヤの指輪』って、これのことかい?」
彼は小箱を開いた。
そこには、あの星空シリーズのブルーダイヤのリングが、しっかりと収められていた。
「実は、このシリーズは全部買ったんだ。でも昨日は君の誕生日に一緒に過ごせなかったから、全部まとめて渡すのは味気ない気がしてさ」
開人は苦笑しながら続けた。
「だから昨日はイヤリングだけにして、ネックレスとブレスレットと指輪は、今夜の花火のときに贈るつもりだったんだよ」
「なのに、花火もまだ始まってないのに、俺はもう浮気した最低男扱いされちゃうなんて......」
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