あの日、海に捨てた恋第3話
この話は約2375字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
智則がマンションに帰ってきたのは、あれから3日目のことだった。
私はちょうど足に巻いていたガーゼを外したところで、ソファに座ってぼんやりしていた。
玄関のドアが開き、智則がギフトボックスを手に、部屋へ入ってきた。
「まだ怒ってるのか?」
彼はいつものように私の隣に腰を下ろすと、肩を抱き寄せようと手を伸ばしてきた。
私は反射的に身をかわした。
智則の動きが止まり、その目がすっと険しくなった。
「いい加減にしろよ。
ヨットでの一件は、あいつらが悪ふざけしすぎた。あいつらに代わって、俺が謝るよ」
私は顔を上げ、彼を見つめた。「あなたは?」
彼は眉をひそめた。「俺が何だ?」
私の心は、さらに深く沈んでいった。
今になっても、彼は自分が悪いことをしたとは少しも思っていないのだ。
智則がギフトボックスを開けると、中にはダイヤモンドのネックレスが入っていた。
「お詫びだ」
彼はネックレスを取り出し、気のない口調で続けた。
「今日は一緒に婚約披露パーティーで着るドレスを試着しに行くんだから、いつまでもそんな顔するなよ。
ずっと俺の隣に、婚約者として堂々と立ちたかったんだろ?」
彼はあまりにも自信満々だった。
まるで「鷹司家の妻」という立場を与えてやると言いさえすれば、私は涙を流して喜び、これまでの屈辱をすべて忘れるはずだとでも思っているかのようだった。
私はそのネックレスを見つめながら、付き合い始めたばかりの頃、彼が銀のネックレスをプレゼントしてくれたことを思い出した。
あの日、彼はプラタナスの下に立ち、耳までほんのり赤く染めながら、照れを悟られまいと平静を装っていた。「適当に買っただけだ。気に入らなきゃ捨てればいい」
私はそのネックレスを、3年間ずっと身につけていた。
やがてチェーンが切れてしまっても、捨てることなどできなかった。
それなのに今、彼が高価なダイヤモンドのネックレスを何気なく差し出してきても、その輝きに心が動くことはなかった。
午後、私たちはブライダルサロンへ向かった。
婚約披露パーティーで着るドレスは、私が一目惚れして選んだものだった。
アイボリーのサテン生地に、襟元から肩にかけて小さな真珠が散りばめられている。ふんわりと軽やかなスカートは、まるで月の光をまとっているかのようだった。
試着室のカーテンを開けると、智則は顔を上げ、しばらく私を見つめた。
その一瞬、彼が私に見惚れたような気がした。
消えかけていた心の奥の小さな火が、再びかすかに灯った。
しかし、すぐに入口のほうから芙美乃の声が聞こえてきた。
「わあ、すごく綺麗!」
彼女は淡い色のロングワンピースを着て、まるで偶然通りかかったかのようにそこに立っていた。
智則はすぐに立ち上がった。「どうしてここに?」
芙美乃は少し照れくさそうに笑った。「二人の婚約披露パーティーに着ていくドレスを選びに来たの。まさかこんなところで会うなんて」
彼女は私の前まで歩いてくると、ドレスの裾にそっと手を触れた。「依緒さん、このドレス、本当に素敵ね。私もちょっと試着してみてもいい?小さい頃から、一度でいいからこんなドレスを着てみたかったの」
私が口を開くより先に、智則が答えた。「着てみればいい」
体中の血が、少しずつ冷えていくようだった。「これは私が婚約披露パーティーで着るドレスよ」
智則は、まるで私が理不尽なことを言っているかのような目を向けてきた。「ちょっと試着するくらい、別にいいだろ。それで何か減るわけでもない」
芙美乃は慌てて両手を振った。「ううん、やっぱりいいわ。依緒さんが嫌なら、無理に着なくても……」
彼女の目元がうっすらと赤くなり、声も小さくなっていった。「分かってるの。婚約するのは二人なんだし、私が勝手に触っちゃいけなかったよね」
智則の眉間に深いしわが寄った。「依緒」
たった名前を呼ばれただけだった。
けれど、そこに込められた警告は十分に伝わってきた。
やがて芙美乃がそのドレスに着替えて出てくると、ちょうど通りかかった別の店員が、彼女を婚約者だと思ったのか、笑顔で声をかけた。
「鷹司様、ご婚約者様にとてもよくお似合いですね」
一瞬、その場が静まり返った。
智則はすぐには訂正しなかった。
彼は芙美乃を見つめ、口元にかすかな笑みを浮かべた。「確かによく似合ってるな」
芙美乃は頬を赤らめながら、その場でくるりと一回転した。「本当に?」
「ああ」
彼は低い声で答えた。「君によく似合ってる」
少し離れたところに立っていた私は、突然、自分がひどく滑稽な邪魔者に思えてきた。
その後、指輪を選んでいるときにも、芙美乃は私がすでに決めていた婚約指輪を気に入った。
「このダイヤモンド、カットがすごく綺麗ね」
彼女の指にはめられたその指輪を見つめながら、私は胸の奥が麻痺したように、何も感じなくなっていた。
かつて智則は、婚約指輪は自分の手で私の指にはめたいと言ってくれた。
それなのに今、彼は別の女の手を大切そうに取り、壊れ物に触れるかのような慎重さで指輪をはめていた。
芙美乃は申し訳なさそうに私を見た。「依緒さん、ごめんね。わざとじゃないの」
智則は顔を上げることさえせずに言った。「とりあえず、そのままつけてればいい。依緒にはあとで別のものを用意させるから」
私は静かに尋ねた。「智則、何でも別のものに替えれば、それで済むの?」
彼はようやく私を見た。「たかが指輪だろ。何をそんなに気にしてるんだ?」
私は何も言わず、ただ彼を見つめた。
そうか。彼にとっては、私のドレスも、婚約指輪も、別のものに替えればそれで済むのだ。
私がどれほど傷ついたところで、彼にとっては、ただ私が気にしすぎているだけなのだろう。
ブライダルサロンを出ると、智則は芙美乃を家まで送っていった。
私は一人でタクシーに乗り、マンションへ帰った。
私にも、自分の手で終わらせなければならないことがあった。
縦書き表示中:本文は右から左へスクロールします(← → キーでも移動できます)
第4話は公式アプリで
当サイトでの試し読みはここまでです。アプリをインストールし、下のアプリ用コードを入力すると、この作品の第4話からそのまま読み進められます。
W85690- 下のボタンから公式アプリをインストールします(無料)。
- アプリを開き、「コードを入力」にこのコードを入れると、この作品が本棚に入ります。
作品ページへ戻る 当サイトに掲載しているのは試し読みの章だけです。