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あの日、君を忘れなければ第1話

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余命一ヶ月と知った浅見結衣 (あさみ ゆい)が、真っ先に取った行動は――桐生蓮(きりゅう れん)を呼び戻し、強引に自分のそばへ引き留めることだった。

その夜、結衣の腰に手を添えた蓮は、息を乱しながらも、沈んだ目で彼女を見つめている。

しかし、その目だけは冷えきっていた。

自分と狂おしいほどに肌を重ね合わせる女を見つめる彼の瞳の奥には、残酷なほどの憐れみが滲んでいる。

「結衣、こうしてしつこく付きまとって何になる?いくら体を重なっても、お前に惹かれることなどあり得ないって、分かってるだろう」

以前の結衣なら、それだけで十分に傷ついたはずだ。

しかし、自分の余命がわずかだと悟っている彼女は、そんな言葉は耳に入らないとばかりに、さらに艶めかしい仕草で蓮と唇を重なり、それ以上の言葉が出ないよう完全に封じ込めた。

* * *

余命一ヶ月と知った浅見結衣 (あさみ ゆい)が、真っ先に取った行動は――桐生蓮(きりゅう れん)を呼び戻し、強引に自分のそばへ引き留めることだった。

その夜、結衣の腰に手を添えた蓮は、息を乱しながらも、沈んだ目で彼女を見つめている。

しかし、その目だけは冷えきっていた。

自分と狂おしいほどに肌を重ね合わせる女を見つめる彼の瞳の奥には、残酷なほどの憐れみが滲んでいる。

「結衣、こうしてしつこく付きまとって何になる?いくら体を重なっても、お前に惹かれることなどあり得ないって、分かってるだろう」

以前の結衣なら、それだけで十分に傷ついたはずだ。

しかし、自分の余命がわずかだと悟っている彼女は、そんな言葉は耳に入らないとばかりに、さらに艶めかしい仕草で蓮と唇を重なり、それ以上の言葉が出ないよう完全に封じ込めた。

……

すべてが終わると、結衣は名残を惜しむようにそっと蓮に口づけし、ベッドを下りて洗面所へ向かった。

自分が死んだあとのことを、蓮ときちんと話しておくつもりだ。

しかし、数歩歩いたところで突然目の前が真っ暗になった。倒れ込んだ拍子に、蓮がテーブルに置いている鍵を落としてしまった。

パシャン――

部屋の中に、甲高い音が響き渡った。

次の瞬間、蓮が飛び出してきた。しかし、彼の視線は床に倒れた結衣には一切向かず、ただ自身のキーホルダーだけを捉えている。

鍵についているクリスタルのストラップが砕け散っているのを見た途端、蓮の顔色がさっと変わった。

「何やってんだよ!」

彼は低く押し殺した声で言った。「お前、どこに目をつけてるんだ!?」

怒鳴りながら、蓮の目はすでに赤く染まっている。結衣は誰かを突き落として死なせたてしまったかのような底知れぬ恐怖を覚えた。

喉の奥にひどく渋く苦い味が広がる。

結衣は分かっている。そのストラップがそれほど高価なわけではない。ただ、瀬戸清香(せと さやか)が蓮に贈ったものだからだ。

「ごめんなさい」

彼女は体を起こし、ストラップの破片を拾おうとした。だが、蓮は彼女の手を払いのけ、瞳の冷たさを露わにした。

「その汚い手で触るな!」

結衣は唇を噛みしめた。「わざとじゃないの。

ちょっと目眩がして、つい……」結衣は説明した。

彼女は少しだけためらい、言葉を紡いだ。「蓮、私……もうすぐ死ぬの」

蓮は冷笑を浮かべた。「ならさっさと死ね。今すぐにな」

今の彼には自分への想いが一欠片も残っていないことを、結衣は痛いほど分かっている。それでも胸には鋭い刃で深く抉られるような痛みが走った。

彼女は目を閉じ、踵を返して家を出た。

廊下に出た途端、結衣は耐えきれずに血を吐き出した。点々と散る血痕とともに、意識までもが急速に霞んでいった。

彼女と蓮は政略結婚だった。しかし結婚後、二人は急速に惹かれ合い、周囲が羨むほどの仲睦まじい夫婦になった。

結婚して七年、二人の愛は少しも色褪せることはなかった。

二年前、蓮が封じ込めていた記憶を取り戻したそのとき、結衣は初めて知った。彼には結婚前、瀬戸清香という忘れられないほど深く愛した恋人がいたのだ。

清香は交通事故から蓮を庇い、命を落とした。蓮は頭を打たれ、清香のことを忘れていた。

記憶を取り戻したその日から、彼は果てしない苦しみに呑まれた。

彼は、清香に一生愛すると誓ったのに、その彼女を裏切ってしまった。

それ以上に彼を苦しめたのは、結衣を本気で愛してしまったことだ。

罪悪感と悩みは、それからずっと蓮を締めつけ続けた。

彼が自分を責め続け、日々衰弱していくのを、結衣はただ黙って見ていることしかできなかった。

苦悩の末に、蓮が最終的に下した決断――それは、結衣と離婚し、催眠によって彼女と育んだ七年間の愛の記憶をすべて消し去ることだ。

「結衣、すまない。俺の心には二人を入れておくほど広くないんだ。

もう一度清香を見捨てることなんて俺にはできない。だから、お前を忘れるしかない」

結衣は聞きたかった――じゃあ、私は?捨ててもいい存在なの?

しかし、あまりの苦痛に今にも壊れそうな蓮の瞳を見ていると、一言も言葉を発することができなかった。

しばらくの沈黙のあと、蓮は口を開いた。「結衣……もし、清香を覚えているままで、それでももう一度お前を好きになれるなら……そのときは、また一緒にいよう」

その言葉に、結衣の目にようやく一筋の光が宿った。

まるで眼前にぶら下がる餌。その一言に魅せられて、彼女は長い長い追いかけっこを始めた。

しかし、現実は残酷だ。

丸二年間、彼女は必死に蓮を追いかけ続けたが、彼の心の中には清香しかいない。

固く閉ざされたその心に、ほんのわずかな隙間すらこじ開けることはできない。

それどころか、この二年間で様々な出来事が重なり、蓮は彼女に対してますます嫌悪し、反発心を抱くようになった。

口の中に広がる血の匂いを感じながら、結衣の顔に自嘲とも哀しみともつかない薄い笑みがよぎった。

開いたままのドア越しに、部屋の中でストラップの破片を慎重に拾い集める彼の背中を見つめながら、結衣の目尻から涙がひとすじ伝い落ちた。

ねえ、蓮、知ってる?私にはもう、こうしてあなたの背中を追いかけ続ける時間なんて残されていないの。

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