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あの日、君と共に白髪を誓った夕暮れ第3話

この話は約1788字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。

菖蒲は、消毒液のツンとした匂いの中で目を覚ました。

目に入ったのは、真っ白な天井だった。

一瞬、意識がもうろうとした。今までのことは全部、苦しい悪夢だったんじゃないか、と。

睦月は今も家でご飯を作って待っていて、啓太は相変わらず、仕事で忙しくても優しくて思いやりのある夫のままだ。

しかし、ベッドのそばにいる山下優香(やました ゆうか)の顔を見た途端、菖蒲は嫌な予感がした。

優香は、「ひだまり子供の家」のベテラン保育士で、睦月とは20年来の同僚だ。

この時間は、施設で子供たちの面倒を見ているはずなのに。どうしてここにいるんだろう?

優香の唇は震え、言葉を発する前に涙がこぼれ落ちた。

菖蒲の心臓がどくんと大きく鳴って、優香の腕を強く掴んだ。「山下さん、教えて……おばあちゃんは?」

「菖蒲ちゃん……」優香は、みるみる青ざめていく菖蒲の顔から目をそらした。「藤原園長は、出血がひどくて、助からなかったの……

もう……逝ってしまったの……」

「逝ってしまった?」菖蒲は呆然とその言葉を繰り返した。

大きな悲しみに、目の前が真っ暗になった。

でも菖蒲は弱った体のことなど構わず、布団をめくりあげてベッドから降りようとした。「そんなはずない!嘘だ!おばあちゃんに会いに行く!

きっとまだ救急処置室にいる!出てくるのを待つ!」

菖蒲を止められず、優香は彼女がベッドから降りるのを、そっと支えるしかなかった。

霊安室は、人の温もりがまったくない、氷のように冷たい場所だった。

職員が冷たい安置台を引き出し、そこに横たわる睦月の生気のない姿を見た瞬間、菖蒲は膝から崩れ落ちた。

「おばあちゃん――」菖蒲はベッドに駆け寄り、震える手で睦月の冷たくこわばった頬にそっと触れた。その冷たさが、刃物のように菖蒲の心を突き刺した。

菖蒲に父親はいなかった。母親の藤原直美(ふじわら なおみ)も、菖蒲が7歳のときに病気で亡くなった。

菖蒲は、睦月に一人で育てられたのだ。

睦月は、この世でたった一人の身内だった。

睦月がこんなに早く自分のもとを去ってしまうなんて、菖蒲は考えたこともなかった。

「ごめんなさい……おばあちゃん……ごめんなさい……私が不甲斐ないばかりに、助けてあげられなかった……」菖蒲は睦月の冷たい手に頬を寄せ、倒れそうになるまで泣きじゃくった。

優香が菖蒲を必死に抱きしめた。「菖蒲ちゃん!しっかりして!

藤原園長は亡くなってしまったけど、今のあなたを見たら、きっと悲しむわ!

元気を出して、ちゃんと生きるのよ。それが園長への一番の供養になるんだから!」

菖蒲は絶望して首を横に振った。「おばあちゃんはもういないのよ。たった一人の身内がいなくなってしまったの!

この世界に、私は一人ぼっちになっちゃった。どうやって元気を出せばいいの……」

優香は急いで菖蒲の手を握った。

「一人ぼっちだなんて、誰が言ったの?

あなたには啓太くんがいるじゃない!それにお腹の赤ちゃんも!」

啓太?

菖蒲の心は張り裂けそうだった。意識を失う直前、啓太に無情にも蹴られたことを、まだ覚えていた。

あのひと蹴りで、啓太への期待も幻想も、すべてが粉々に砕け散った。

それに、赤ちゃんって?

「赤ちゃん?」菖蒲はぽかんとした。「何のこと!」

優香は愛おしそうに菖蒲の頭をなでた。「おばかさんね、自分が妊娠してることも分からなかったの?」

そしてこう続けた。「先生が言うには、もう妊娠2ヶ月だって!

菖蒲ちゃん、お腹の赤ちゃんのためにも、自分の体を大切にしなきゃだめよ!」

菖蒲はその場で固まり、信じられないという思いで、まだ平らな自分のお腹を見つめた。

赤ちゃん?

自分と啓太の、赤ちゃん?

結婚して7年。二人はずっと子供を望んでいたけれど、なかなか授からなかった。

検査の結果、菖蒲の体に少し問題があり、自然に妊娠する可能性はとても低いと分かった。

医者からは体外受精を勧められた。

でも啓太は、治療が菖蒲の体に負担をかけることを心配していた。

啓太はかつて菖蒲を抱きしめて、優しくこう言った。「菖蒲、子供は諦めてもいい。お前の体を危険に晒すくらいなら、そのほうがいい。

俺たちには、お互いがいればそれで十分だよ」

菖蒲はもう、一実の母親にはなれないかもしれないという現実を受け入れていた。

なのに今、優香は、自分が妊娠したと言うの?

菖蒲がその知らせをまだ飲み込めないでいると、啓太が慌てて駆けつけてきた。

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