あなたの冷たさに、愛は霞んで第2話
この話は約1768字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。
あの連中は、誰が最初に手を出すかで揉めはじめ、言い争いになったせいで、結局すぐには手をつけられなかった。
手足を縛られた私は薄暗い倉庫に放り込まれ、丸五日も閉じ込められた。そこへ雅文がたった一人で村に乗り込み、行く手を阻む十数人を相手に殴り合いをした。
体中を血だらけにした彼は、泣きながら駆け寄ってきて、私を強く抱きしめた。
「……ごめん。遅くなった。帰ろう、一緒に……」
彼がICUへ運ばれていくのを見ながら、私は心の中で思った。
この人しかいない。この先どんなことがあっても、私はきっと、この人を見限れないと。
けれど今の私たちに、まだ帰る家なんてあるのだろうか。私は彼の胸を手で押し返し、苦く乾いた声で言った。
「どこが私の家なの?国内の家は、もう売ってしまったんでしょう?家族用宿舎だって、私に入る資格なんてあるの?」
雅文は両手に力を込めると、私の視線を避けるように顔をそむけた。
「言ったはずだ。家族用宿舎の件は、いずれ手配する。君が今いる場所だって、この二年、一度も事故なんてなかったじゃないか。それでもまだ不満なのか?どうして、あんな若い子とその枠を奪い合わなきゃならないんだ」
目の縁に涙が滲み、私はやっとのことで声を絞り出した。
「それでも、私がどうしても譲りたくないと言ったら?」
雅文は眉をひそめ、気遣うようだった表情から、わずかに温度が消えた。彼は私を木を積み上げて作った硬い寝台に横たえると、きつく口元を引き結んだ。
「ワクチンは俺が申請する。しばらくは外に出るな。頭を冷やせ」
気にかけているようでいて、私の問いには何一つ答えていなかった。立ち去っていくその背中を見つめながら、私は苦く笑った。
私が争いたかったのは、家族用宿舎の枠なんかじゃない。ただ、彼の心の中での自分の重みを確かめたかっただけ。
でも今となっては、もうそんなことに意味はなかった。
私は丸一日半、熱にうなされた。熱で意識が朦朧としていたのか、頭の中には何度も雅文の顔が浮かんでは消えた。
彼は私の額に冷却シートを貼り、やさしく水を飲ませてくれた。
「ただでさえ体が弱いのに、このところまた好き嫌いしてたんじゃないのか?君はほんと、俺の作るものしかまともに食べないんだから。帰ったら毎日料理を作ってやる。ちゃんと世話をして、元気にしてやるから」
その眼差しは、静香と出会う前と何も変わらないほど、やさしかった。
私は泣いた。たまらず彼にしがみつき、堰を切ったように涙をこぼした。
「私は谷口さんが嫌い。あの子をここから帰して。お願い……」
けれど彼は、また同じように黙って立ち上がり、そのまま出ていってしまった。目を覚ますと、テントの中には私一人しかいなかった。
やはりまた夢を見ていただけなのだと思った。雅文がここに来るはずがない。
今ごろきっと、静香のカウンセリングに付き添っているのだろう。
兄からメッセージが届いた。
【そっちへ向かう便は手配できた。ワクチンと離婚協議書は人に持たせてそっちへ向かわせた。俺の到着は一日遅れる】
【わかったわ】
返信を終えると、私は荷物をまとめ始めた。
私は雅文について戦地へ来た。ここを去るのも、残るのも、誰かに届け出る必要なんてない。
この二年間、逃げ回るように生きてきて、手元に残ったのは雅文から贈られた手作りの指輪だけだった。その指輪は、彼が大学時代に私のために作ってくれたもので、決して精巧なものではない。
材料費はたった六百円。それでも、二か月もかけて心を込めて作ってくれたものだった。
少し迷った末に、やはりこの指輪は雅文に返そうと思った。そのとき、テントの外から羨ましそうな声がいくつか聞こえてきた。
「静香、そのネックレスって賀川先生が五、六人も人をあたって、有名なデザイナーに頼んで作ってもらったやつでしょ?すっごく綺麗!」
「そのデザイナー、一回頼むだけでも数百万はするって聞いたよ。賀川先生、静香がうっかり地雷を踏みかけたせいで心に傷を負うんじゃないかって心配して、わざわざこれで慰めようとしたんだって!」
静香はくすくすと笑い、わざと私のテントの外で足を止めた。
「このネックレス、たしかに彼がわざわざ人に頼んで、私のためにデザインしてもらったものなの。彼は言ってたわ。私は、いちばんいいもの、いちばん高いものを身につけるのにふさわしいって」
縦書き表示中:本文は右から左へスクロールします(← → キーでも移動できます)