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あなたのいないこれからは、幸せばかり第1話

この話は約2117字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

私、香月詩乃(かつき しの)の支えで、葉室凌生(はむろ りょうせい)が再び紫苑音楽賞・最優秀男性アーティスト賞のトロフィーを手にしたあと、私たちは一夜にして、付き合い始めた頃のような熱を取り戻した。

彼が私を見る目には、前よりずっと強い独占欲がにじんでいた。

「もう男のアーティストは担当するなよ」

背後から私を抱きしめた凌生が、くぐもった声で続けた。

「妬くから」

私は「子どもみたい」と笑いながら言った。

けれど、胸の奥には甘い気持ちが広がっていた。

あの頃の私は、ただ愛されすぎているのだと思っていた。

ある日、彼の服のポケットから、「一生に一つしかオーダーできない」とうたうダイヤのリングを見つけるまでは。

その瞬間、涙があふれた。

8年付き合ってきて、ようやく凌生も私との結婚を決めてくれたのだと思った。

片膝をつく凌生の姿まで想像した。

けれど翌日、そのリングは新人の花房ひまり(はなぶさ ひまり)の指にはまっていた。

ひまりは私を見て、挑むような目を向けてきた。

その場に立ち尽くし、このところ凌生が理由もなく見せていた嫉妬や警戒を何度も思い返した。

あれは、深い愛情なんかじゃなかった。

自分を私に重ねていただけだった。

自分がとっくに一線を越えていたから、私のすることすべてが、自分と同じに見えていたのだ。

* * *

「香月さん、どうしたんですか?急に黙っちゃって」

話の途中で言葉を止めた私を見て、アシスタントの牧瀬航平(まきせ こうへい)が目の前で手をひらひらさせた。

はっと我に返り、ひまりの指先から目をそらす。

ここは業界でも指折りのレコーディングスタジオだ。時間が延びれば、そのぶん料金もかさむ。無駄にできる時間はない。

どれだけ気が重くても、今は目の前にいる恋人の浮気相手を指導するしかなかった。

一度違和感に気づいてしまうと、それまで気にも留めなかったことまで次々と目につくようになる。

たとえば、ひまりの鼻にかけるような歌い方。凌生がよく使う歌い方とそっくりだった。

歌うときに目を閉じ、リズムに合わせて小さくうなずく癖まで同じだ。

けれど、これはガールズグループの曲だ。ずっと目を閉じて歌っていては、ステージで求められる表情づくりにも合わない。

それに、私を見る目。

いつもどこか、挑むような色が混じっている。

今までは、新人なりの反発心なのだと思っていた。

指導されるのが面白くないのだろう。それくらいは大目に見ようと、自分に言い聞かせてきた。

けれど今、これまでの小さな違和感をひとつずつつなぎ合わせてみれば、答えは嫌になるほど分かりやすい。

ひまりと凌生は、ただの先輩後輩じゃない。

深く息を吸い、胸の奥で渦巻くものを押し込めた。

そして、できるだけいつも通りの声で言う。

「花房さん。この曲はガールズグループ向けだから、凌生みたいにしっとり歌い込まなくていいの。もっと自分の歌い方で歌って」

ひまりの目に、一瞬だけ動揺が走った。

その直後、目元がみるみる赤くなる。

「そんなつもりじゃないです。ただ、いつもと違う歌い方も試してみたくて……」

「だったら、自分の歌い方でやって。わざわざ人の癖まで真似しなくていいから」

そう言った途端、ひまりの指先が小さく震え始めた。

結局、その日の収録は最後までうまくいかなかった。

ひまりのパートだけ、何度録り直してもOKが出ない。

普段なら、新人が落ち込まないよう声をかけ、励ましていたはずだ。

でも今日は、そんな余裕がなかった。

ずっとそばで見ていた航平も、私の様子がおかしいことに気づいたらしい。

スタジオ側と話をつけ、予定より早く収録を切り上げてくれた。

全員でスタジオを出ると、ひまりは真っ先に歩いていった。

建物の前には、彼女を待つ黒い送迎車が停まっている。

ひまりだけがさっさと乗り込み、残されたメンバーたちは冷たい風に首をすくめながらバス停へ向かった。

「ひまり、いいなあ。さっき持ってたバッグ見た?」

「見た見た。ベルシエの新作でしょ?あれ、紹介してもらうにはほかの商品だけで2000万円以上買わないと無理って聞いたよ」

「えっ、実家そんなにお金持ちなの?」

「違うって。本当にそんなお嬢様なら、わざわざこんな下積みから始めないでしょ。彼氏がお金持ちなんだって。しかも、かなり貢いでもらってるらしいよ」

その会話を聞きながら、私は何も言わなかった。

ただ、無意識に首元へ手を伸ばす。

そこには、ベルシエのネックレスがあった。

凌生からもらった誕生日プレゼントだ。

受け取ったときは、素直に嬉しかった。

同時に、少しだけ不思議にも思った。

凌生は昔からブランド品を馬鹿にしていたからだ。

「ブランドなんて、金持ちの見栄代だろ」

いつも、そんなふうに言っていた。

それなのに、どうして急にブランド物なんて選んだんだろう。

あのときは、それ以上深く考えなかった。

今になって、ようやく分かった。

私への誕生日プレゼントは、わざわざ私のために選んでくれたものなんかじゃない。

ひまりにバッグを買うため、購入実績を積むついでに買っただけだったのだ。

車に乗り込み、ミラーを見ながらネックレスを外すと、そのまま無造作に放った。

次の瞬間。

まるで何かを察したかのように、凌生から電話がかかってきた。

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