あなたが彼女を愛した日に、私は死んだ第1話
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「エバ様、本当にすべての身分記録を抹消してよろしいのですか?抹消後は、システムから完全に消去され、この世の誰にも見つけられなくなります」
エバはしばらく沈黙した後、ゆっくりと頷き、揺るぎない口調で答えた。
「ええ。この世界から消えるわ。誰にも、もう私を見つけさせない」
相手は二秒ほど黙り込み、まるで彼女の覚悟を見極めているかのようだった。
「……承知しました、エバ様。消去プロセスは十四日以内に完了します。その時点で、すべてのデータベース上で死亡扱いとなります。どうか心の準備を」
通話は静かに途切れた。
エバは十四日後の片道航空券を予約した。行き先はF国。
スマホの画面が暗転し、彼女はフロアから天井までの大きな窓の前に立ち、無数の灯りが瞬く夜景を見下ろした。
そして、冷たく笑った。
もう誰の「エバ」でもないのだから。
* * *
テレビでは、セレノグループの世界的ジュエリー発表会が放送されていた。
本社をニューヨークに構え、欧米のラグジュアリーブランドと金融界をまたにかける巨大企業。その背後にいる支配者――ドン・レオは、ニューヨークのアンダーグラウンドで最も謎に包まれた王とも噂されていた。
そんな彼が、今回に限っては極めて稀なことに公の場に姿を現し、【アムーラ・エバ】という名の至高のネックレスを発表した。
メインストーンは30カラットのペアシェイプダイヤモンド。その周囲を七つの深紅のルビーが囲み、「沈黙の守護者」という意味が込められている。
この発表に世界中のメディアが騒然とし、ネットの検索ランキングは瞬時に炎上状態となった。
彼が発した言葉は、たった一つ。
「彼女のためなら、どんな代償も払う価値がある」
テレビの画面が切り替わり、街頭インタビューの映像が流れる。
「こんにちは。ドン・レオと奥様エバの愛についてご存知ですか?」と記者が質問する。
花柄のワンピースを着た女性が、うっとりとした表情で答えた。
「知らない人なんている?レオはエバのために個人の日記を本にして出版したのよ。どのページにも彼女へのメモが書いてあるって。エバがサクランボ好きだって言ったらしくて、イタリアからサクランボの木を丸ごと空輸して、屋敷中をおとぎ話の森みたいにしちゃったの。うちの旦那もせめて半分でも見習ってくれれば……あーもう、腹立つ!」
映像は再び切り替わり、今度は女子大生が両手を合わせ、目を輝かせながら語った。
「ほんとに超一途なんですよ!数年前にエバが急性腎不全になって、病院がすぐにドナーを探さなきゃって。そしたらその日の夜、レオが自分の腎臓を片方提供したんです!
彼、こう言ったんですよ――『彼女が生きられないのなら、俺が生きる意味もない』って。小説でもそんなセリフ、なかなか出てこないですよね!」
ニューヨーク中が、いやネット中が二人の愛に熱狂していた。
だが、エバは薄暗いリビングのソファに座り、テレビ画面のインタビュー映像を見つめながら、冷ややかに笑った。
昔から、彼女には言い寄ってくる男性が後を絶たなかった。
だが、彼女は一度も愛を信じたことがない。両親の離婚で家族の絆すら崩れるのに、恋愛なんて信じられるわけがない。
どれほど口説かれても、彼女の返事は決まっていた。
「すみません、恋愛には興味ありません」
だが、彼――レオに出会ってから、すべてが変わった。
マフィア帝国を牛耳るその男は、冷酷で執着深く、圧倒的な権力を持っていた。だが、そんな彼が、彼女の前では三年もの間、卑屈なほどに追い続けた。
三年間、何度断られても彼は一度も諦めなかった。
ある日、彼女が何気なく目を止めた18世紀のアンティーク絵画。その一枚のために、レオはロンドンの地下オークション会場へ自ら乗り込んだ。
そこは、各国政府ですら手を出せない非合法のアンティークブラックマーケット。
命の危険を冒してまで絵画を競り落とし、銃弾飛び交う中をかいくぐって手に入れた。
それでも彼は、ただ静かに微笑んだだけだった。
「価値があるからな」
凍りついていた彼女の心は、そんな彼によって少しずつ溶かされていった。
付き合い始めてからのレオは、全てを彼女に捧げているかのようだった。
プロポーズは五十二回。どれもが儀式のように整えられていて、ようやく彼女は心を許し、彼の妻となる決意をした。
あの日のことを、彼女は今でもはっきりと覚えている。
彼が片膝をつき、指輪を差し出したとき。彼女は涙を浮かべながら、震える声でこう誓った。
「レオ、私はあなたにとって最高の妻になれるよう努力する。どんな困難があっても、あなたを裏切らない。でも……一つだけ覚えてほしい。私は、どんな理由があっても、嘘を許さない。もしあなたが私を騙したら……私はあなたの世界から、完全に消える」
だが今、その誓いのすべてが、皮肉に変わっていた。
三ヶ月前、ふとしたきっかけで、彼女は知ってしまった。
レオには半年前から愛人がいたのだ。
昼間は自分と甘く愛し合いながら、夜は「クレオ」という名の女の元へ通っていた。
最初に燃え上がった心は、まさかこんなにも早く冷めたとは。エバは静かに手を伸ばし、テレビを消した。
続けて引き出しを開け、すでに準備していた離婚届を取り出し、一文字ずつ冷静に、そして迷いなくサインを記した。
そして車庫へ向かい、かつて二人が愛し合って100日記念として贈られたキャンピングカーに乗り込む。
そのベッドの上に、離婚届をそっと置いた。
キャンピングカーの鍵は、リボンをかけた小さなギフトボックスに入れ、自ら丁寧に包装した。
それから一時間後、レオが黒いスーツ姿で屋敷へ戻ってきた。
コートを脱ぐ間もなく、窓辺でぼんやり立ち尽くすエバを強く抱きしめた。その声は、どこか甘やかすような響きを帯びていた。
「エバ、ごめん。港でトラブルがあってさ。ジュエリーを自分で取りに行ったから、記念日に遅れちゃった……怒らないでくれよ、な?」
そう言って、【アムーラ・エバ】のカスタムジュエリーボックスを差し出した。その目には、彼女を喜ばせたい一心がにじんでいた。
だが、黒いシャツの襟元は少し開いており、ボタンが一つ外れていた。
その下の首筋には、明らかに彼女のものではないキスマークとひっかき傷が残っていた。
それが目に入った瞬間、エバの指先が微かに震えた。視線が痛むほどに、その痕跡が彼女の心を刺した。
本当にジュエリーを取りに行っていたのか?それとも、クレオのベッドから出たばかりなのか?
レオは彼女の変化にまったく気づかず、優しくネックレスを彼女の首にかけた。
「エバ……君は本当に美しいよ」
エバは笑わなかった。目元だけが赤く滲んだまま、あのギフトボックスを彼に手渡した。
「これ、あなたに」
「え?何だ?」
「結婚記念日に、あなたからプレゼントをもらったから。私からもお返し」
レオは彼女の目をじっと見つめた。不安と疑念が混じった表情だった。
「開けてみてもいいか?」
彼女は彼の手をそっと押さえ、静かに言った。
「半月後に開けて」
「……どうして?」
「その贈り物はね、半月後に開けてこそ……意味があるの」
レオは一瞬戸惑ったが、それ以上は何も言わず、彼女の手の甲に優しくキスを落とした。
「君がそう言うなら、それでいい。楽しみにしてるよ、そのサプライズを」
そう言って、彼はメモ用紙に「半月後に開封」と書き、箱に貼りつけた。
エバはその様子を見つめながら、心の中で静かに思った。
――ドン・レオ、半月後に本当に「サプライズ」って思えるといいわね。
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