35回も元カノを優先した彼氏、もう捨てる第3話
この話は約2066字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
「ようやくわかったか?」
一彦は、まるで「だから言ったのに」と言いたげな様子で、私を見て冷ややかに言った。「時には諦めるのも、賢い選択ってものだよ」
私はただ納得して頷いた。「ええ。そうね、引き際かもしれない」
彼は私の態度に満足したのか、珍しく褒めてくれた。「最初からずっとそうやって素直だったら、よかったのにな」
支払いを済ませて、店を出た。
街灯の下、雪がひらひらと舞い落ちてくる。
私と遥が並んで立つと、一彦は彼女の前に回って風よけになった。
鋭い冬の風が、まるで刃物のように頬を切り裂く。
寒さで体がガタガタと震えた。
一彦は遥のコートのボタンを丁寧に留めると、こちらを振り返った。
自分のマフラーを外して私に巻くと、彼は言った。「もう遅いし、遥が一人で夜道を歩くのは危ないから、送っていくよ。栞は帰ったらさっさと休んで。俺を待たなくていい」
遥の家とは反対方向だが、距離はそこまで変わらない。
私は立ち止まり、彼を呼んだ。
「一彦……」
彼は遥の手を取り、階段を下りていった。
私の声は、容赦なく吹き荒れる風に飲み込まれた。
路面は凍りつき、非常に滑りやすくなっている。
1キロほどの距離では、配車アプリのタクシーも捕まらない。
あれこれと考えた末、歩いて帰ることにした。
1キロくらい、なんとかなるはずだ。
だが、吹雪と猛烈な向かい風、さらに氷のような路面の状況では、それはとてつもない苦行だった。
雪で髪は濡れ、風に晒された顔はヒリヒリと痛む。
滑っては転び、起き上がってはまた滑り、の繰り返しだ。
手も体も打ち所が悪く、痛みが広がっていく。
ボロボロになりながら、ようやくマンションの敷地内に入った。
ゲートをくぐった途端、足が滑ってまた派手に転んだ。
息を整えて、なんとか立ち上がろうとした時、スマホが鳴った。
画面を見ると、一彦からだ。
「栞か?道がひどくてさ。遥が転びそうになるたびに、支えてなきゃいけなくて大変なんだ」
胸がツンとして、涙がこみ上げてきた。
「遥が帰らないって決めたから、ホテルに泊まることにした。女の子一人で泊まるのは心配だろ?そういうことだから、先に寝てて」
「一彦、髪を乾かすから、手伝って」
電話の向こうから、遥の声が聞こえた。
「一彦」私は声を絞り出すのがやっとだった。
店先では言えなかったことを、つい聞いてしまった。
「私だって女の子よ。あなたの恋人でもあるのよ。滑りやすい道を一人で歩かせることは、少しも心配じゃなかったの?」
応えるのは、冷たい風の音だけだった。
遥に呼ばれた彼は、私の言葉を遮って、そのまま通話を切った。
私は雪の上に両手をつき、流れる涙が雪に小さな水たまりを作っていくのをただ見ていた。
スマホが再び震えた。
母からだった。
「栞、明日、彼氏さんと来るんでしょ?何か食べたいものある?私、早めに買いに行こうかと思って」
口を必死に押さえ、嗚咽を漏らさないように耐えた。
「栞?」
少し時間を置いて、声を取り繕った。
「母さん、もう来ないよ」
……
実家の食卓で、私は両親に、S国へ海外出張することになったと伝えた。
その言葉を聞いて、両親はそろって目を丸くした。
少しして、落ち着きを取り戻し、聞いてきた。
「そんなに急に?」
実はそうでもない。半年前、新規プロジェクトが立ち上がった時点で、私が現地の責任者候補として最有力だったのだ。
すべて一彦のために、ずっと断り続けていただけだった。
「どのくらい?」
「3年」
部屋の中に数秒間、重苦しい沈黙が流れた。
母が心配そうに私を見て言う。「栞、彼氏が納得してないから来なかったの?喧嘩でもしたの?」
父は眉をひそめ、小さくため息をついた。「そりゃそうだな。女の子一人で外国に行かせて、3年も放っておくなんて、きっと不安で堪らないだろう」
一彦は遥が一人で夜道を歩いたり、一人でホテルに泊まることには不安を感じる。
でも、私のことに関しては、1秒だって心配に思ったりはしないのだ。
また一彦から着信が入る。
しばらく迷った末に、電話に出た。
「どこにいる?」
「実家だけど」
数秒ほど沈黙があった。
「一緒に行くって約束しただろ?」
時間を確認する。午前8時に出発する約束だった。
それがもう11時だ。彼は今になって、ようやく私との約束を思い出したのだ。
「遥が風邪引いちゃってさ。病院連れて行って点滴をして、ご飯を食べさせて……すっかり時間忘れちまってたんだ。
両親には詫びといてくれ。お正月に改めてちゃんと挨拶に行くから」
「わかった」
電話が切れると同時に、遥のSNSが更新されたという通知が届いた。
何も書かれておらず、写真が一枚だけ載っていた。
遥の両親がソファに座り、その後ろから一彦と遥が、両親の肩に身を寄せるようにして写っている。
まるで本物の家族のようだった。
投稿してすぐに、何件かコメントがついた。
【家族写真?】
【二人は復縁したの?】
【栞ちゃん、見たら泣いちゃうんじゃない……】
私は泣かなかった。胸に手を当ててみたけれど、痛みすらもう感じなかった。
再びスマホが短く震え、社長から、明後日の早朝に出発するフライト情報が送られてきた。
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