18歳の誤ち、今こそ正しき道へ第3話
この話は約1851字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
私はスマホを強く握りしめ、指先を真っ白にした。
――そういうことか。涼平が私にくれると言っていた未来は、私の知らないところで、とっくに別の女の名前にすり替えられていた。
静かにスマホをポケットへ戻し、タクシーを拾って家へ帰った。
夜の10時になり、涼平がようやく家の扉を開けた。
その体からは、まなみがいつも使っている、甘ったるい香水の匂いがした。
「試食会に行けって言っただろ。どうして行かなかったんだ?また拗ねてるのか?」
彼はネクタイを緩め、苛立ちを隠そうともせず、上着をソファへ放り投げた。
私は暗闇の中に座り、静かに彼を見つめている。
18歳のあの頃、彼は地図に描かれた小さな島を指差し、目を赤くしながら誓った。
「いつか島を一つ買う。名義は星乃一人にする」
今、その島は買われた。
けれど、所有者の名前はまなみだ。
私はスマホを彼の前に置いた。
画面には、まなみのSNS投稿が映っている。ウェディングドレス姿の彼女と、その背後にある島の所有権譲渡書。
「これが、涼平の言ってた大事なクライアントに会いに行くってこと?」
涼平の動きがぴたりと止まった。
目の奥に、見つかったことへの動揺が一瞬よぎった。けれどそれはすぐに怒りへと塗り替えられた。
「ウェディングドレスは、まなみが星乃のサイズに合うかどうかを確認しただけだ。体格も似てる。一度試着するくらい、何が悪いというんだ?
それに、島は会社の節税対策としてまなみの名義を使わされたのだ!星乃はビジネスのことがわかるのか?」
彼は私を見下ろした。
「大学にすら行ってない星乃にできることなんて、こんなくだらない男女のことを気にして、毎日家で疑い続けるくらいだろ。他に何ができる?」
彼はネクタイを引っ張りながら、うんざりした様子で言った。
「他人をそんなにひどい目で見るな。まなみは名門大学を出て、これから先も輝かしい未来がある。俺にとっては妹みたいなもんだ!」
胃の奥に鋭い痛みが走った。
私はお腹を強く押さえ、喉元まで込み上げてきた苦みを飲み込んだ。
10年もの青春を捧げたのに、返ってきたのは「大学にすら行ってない」という言葉だ。
涼平の中では、私が彼に尽くしたことこそが、私の一番の汚点なのだ。
目の前にいる、きちんとしたスーツに身を包んだ男を見つめた。
突然、ひどく見知らぬ人のように思えた。
そして、ひどく滑稽にも思えた。
「わかった。もういい」
私は静かにスマホを引き取った。
その反応に、涼平は戸惑ったようだ。
きっと彼は、私が泣きわめいては折れることに慣れきっていたのだろう。
この不自然な静けさを前にすると、彼は苛立ちを募らせ、椅子を蹴り飛ばした。
そのとき、彼のスマホが鳴った。
電話の向こうから、か細い泣き声が聞こえてきた。
「社長、私、胃がすごく痛いんです。もしかして、先ほどクライアントに付き合ってお酒を飲みすぎたのかもしれません……」
涼平の顔色が一変した。目に見えるほどの焦りが浮かんでいる。
ためらうことなく車の鍵をつかみ、外へ駆け出した。
玄関まで行ったところで振り返り、冷たく一言だけ投げかけた。
「少し頭を冷やせ」
扉が勢いよく閉じられた。
部屋は完全な静寂に包まれている。
私は反省なんてしなかった。
ただスマホを取り出し、マーサからのメールに返信した。
【今夜の便でニューヨークへ行きます】
立ち上がり、5年間暮らしたこの広いマンションを見渡した。
ファミリークローゼットには、まなみの好みに合わせて涼平が私に買い与えたブランド品がぎっしり詰まっている。
私は一つも持っていかない。
10年間身につけていた安物の銀の指輪を外した。
そして、マンションのカードキーと家の合鍵と一緒に、ゴミ箱へ放り込んだ。
それからスマホを開き、涼平の連絡先をすべてブロックした。
そのまま一度も振り返ることなく、タクシーに乗り込んだ。
タクシーの中で、運転手は私の顔色をうかがい、優しく声をかけてくれた。
「どこまで行かれますか?」
「空港までお願いします」
そう答えると、不思議なことに、胃を締めつけていた痛みがすっと引いていった。
「ここを離れて、二度と戻りません」
午前2時。
ニューヨーク行きのフライトは、無事に離陸した。
窓の外を見つめると、10年間私を閉じ込めていたこの街が、夜の闇の中で少しずつ遠ざかり、やがて何もないように消えていった。
――さようなら、涼平。
12時間後、ニューヨークに到着した。
新しく手に入れたSIMカードに差し替えたばかりのところで、マーサの助手から国内ニュースのスクリーンショットが一枚送られてきた。
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