青春も愛した人も裏切ってしまった第1話
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生まれ変わった小泉奈月(こいずみ なつき)は、真っ先に離婚協議書を手に青山元治(あおやま もとはる)のもとを訪れ、口を開けば二言だけだった。
「離婚に同意するわ。
子どもを一人、私が連れていく」
元治は協議書をめくる手を止め、視線を上げると、一瞬だけ驚きが過ったが、すぐにいつもの冷淡さで覆い隠した。
「四人の子どもの中で、わざわざあの病弱な子を選ぶのか」
彼は指先で机を軽く叩きながら、探るような口調で言う。「奈月、今度はまた何を企んでいる」
「信じるかどうかは勝手、署名して」
奈月は協議書を彼の前へ押しやった。
元治はペンを握ったまま空中で動きを止め、三十秒ほど経った後、いきなり身を乗り出して署名すると、ペンを机に叩きつけるように置いた。
「言ったことは必ず守れ」
* * *
生まれ変わった小泉奈月(こいずみ なつき)は、真っ先に離婚協議書を手に青山元治(あおやま もとはる)のもとを訪れ、口を開けば二言だけだった。
「離婚に同意するわ。
子どもを一人、私が連れていく」
元治は協議書をめくる手を止め、視線を上げると、一瞬だけ驚きが過ったが、すぐにいつもの冷淡さで覆い隠した。
「四人の子どもの中で、わざわざあの病弱な子を選ぶのか」
彼は指先で机を軽く叩きながら、探るような口調で言う。「奈月、今度はまた何を企んでいる」
「信じるかどうかは勝手、署名して」
奈月は協議書を彼の前へ押しやった。
元治はペンを握ったまま空中で動きを止め、三十秒ほど経った後、いきなり身を乗り出して署名すると、ペンを机に叩きつけるように置いた。
「言ったことは必ず守れ」
……
「奈月、元治が離婚すると言ってるって本当?」電話口から母の切羽詰まった声が聞こえる。「四人の子どもは……どうするつもりなの?」
「一人連れて行く」
奈月は淡々と答えたが、軽く丸めた指先が心の揺れを隠しきれなかった。
「一人でも連れて帰る方がいいわ」母の声は少し和らぎ、続けて言う。「男の子を連れて戻れば、いずれは小泉家の跡継ぎとして支えてくれる」
「朔真は落ち着いているし、朔矢は賢い。朔斗はやんちゃだけど愛嬌があるし……どの子にするか、もう決めたの?」
「私は朔乃を選ぶ」
電話口が突然沈黙した。
三秒の間を置き、母の声が一気に鋭くなる。
「正気なの?あの子は小さい頃から本家で育って、あなたと親しくもないのよ」
奈月は静かに目を閉じた。
母の懸念が分からないわけではなかった。
青山朔乃(あおやま さくの)は生まれた時わずか1500グラムで、退院したその日から姑に「静養が必要」との理由で抱えられ、先月になってようやく彼女のもとに戻された。
情の深さで言えば、当然ながら自分で育ててきた三人の息子には及ばない。
だが奈月だけは知っていた。この世で唯一、自分に心から寄り添ってくれるのは、この小さな娘だけだと。
前の人生で自分が亡くなった後、墓前で娘は皺だらけの御年玉を握りしめ、しゃくり上げながら泣いていた。
「ママ、お金ぜんぶあげるから、死なないでよ……」
居間の壁に掛けられた家族写真は、陽射しに晒されて少し色褪せていた。
写真の中で元治は三人の息子を抱いて穏やかに笑っている。その傍らで奈月の腕に抱かれた朔乃は、おずおずと母の服の裾を握り、笑顔もなく不安げに写っていた。
奈月はハサミを手に取り、写真を真ん中から切り裂いた。
片方には元治と三人の息子、もう片方には自分と娘。
「私は決めた」
小さな声だったが、確固たる響きを持っていた。
「もう一度よく考えなさい!」
電話の向こうで母は深く溜息をつきながら続ける。「あなたは青山家のために四つ子を産むとき、三日三晩も苦しんで、死にかけたのよ……
これだけの年月の情を、どうしてあっさり捨てられるの?」
奈月は口元を引きつらせ、瞳に涙を浮かべた。
情?かつてはあると思っていた。
幼い頃からの許婚で、幼馴染として共に育った二人。彼の心に佐々木都子(ささき とこ)がいると知りながらも、結婚してしまった。
四つ子を身ごもったとき、腹は大きく、夜には足の痙攣に枕を噛んで眠れない日々。それでも彼は「仕事が忙しい」と書斎にこもり、優しい言葉をひとつかけてはくれなかった。
長男の青山朔真(あおやま さくま)はまだ七歳なのに、眉をひそめて「ママ、パパを困らせないで」と言った。
次男の青山朔矢(あおやま さくや)は都子からもらった数学の問題集を手に、「どうして都子おばさんの方がママより賢いの?」と尋ねてきた。
三男の青山朔斗(あおやま さくと)は特に口が達者で、朔乃のお菓子を奪っては逆に「妹がまた泣いたよ、パパに叱らせるつもりだ」と言った。
ただ一人、末娘の朔乃だけが、兄たちにいじめられても大きな黒い瞳で見上げ、「ママの笑顔が一番好き」と言ってくれた。
前の人生で、四人の子の七歳の誕生日に、元治は離婚協議書を彼女の前に叩きつけた。
奈月は子どもたちを思い、どうしても首を縦に振れなかった。
「もう少し、もう少し待てば、子どもたちが大きくなれば、きっと変わるはず」そう信じて耐えた。
だが待っていたのは、彼が三人の息子を連れて海外へ飛び、都子と盛大なビーチウェディングを挙げる光景だった。
朔乃が密かに知らせてくれなければ、彼女は永遠に知らぬままだった。
慌てて駆けつけた先で目にしたのは、神父の前で熱く口づけを交わす二人。
そして三人の息子が拍手しながら叫んでいた。「パパと都子おばさん、おめでとう!」
「これからは都子おばさんが僕たちのママだ」
さらに胸を張って保証まで加えた。「パパ、安心して。家にいるあの悪いママは僕たちが縛っておく。絶対に邪魔させないから」
五人が陽射しの下で並び立つ姿は、まるで本当の家族のように親しげで、互いの顔立ちに不思議なほど似た面影さえあった。
その瞬間、奈月の世界は完全に崩れ落ちた。
問い質そうと駆け寄った彼女は、疾走する車に撥ね飛ばされた。
宙に舞う刹那、彼女の視界に映ったのは、砂浜の向こうに立つ元治と三人の息子。その目に、微塵の揺らぎもなかった。
後に知ったのは、彼女が死んで半年も経たないうちに、朔乃が母を恋しがるあまり重い病に倒れ、夢の中で「ママ」と叫びながら二度と目を開けなかったこと。
「お母さん、もう説得しないで。私の決意は固いの」
奈月は涙を拭い、声にさらなる強さを込めた。「離婚後、朔乃は唯一の子で、小泉家の唯一の後継ぎよ」
少し間を置いて、言葉を継いだ。「離婚手続きには一か月かかる。それが終わったら、朔乃を連れて雨国へ行くわ」
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