離脱ヒロインと、狂ったアイツ第2話
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車に乗り込んでから、初芽はようやく紗耶香からのメッセージを開いた。【まさか本気で、玲司さんがあなたのために指輪を選んでるなんて思ってないわよね?】
【私が一言言えば、彼はすぐ飛んでくるのよ】
続いて送られてきたのは、二人のチャットのスクリーンショットだった。
【ご主人様、こんな子猫ちゃんがいたら何時に帰ってくる?】
写真の中の女は、セクシーなキャットコスチュームに身を包み、猫耳カチューシャをつけ、ベッドの上に跪いて誘惑的な視線をカメラに向けていた。
【待ってろ、すぐ行く。
この小悪魔、今日は覚悟してろ】
その下には住所が記されていた。
初芽は運転手にその住所を告げ、確かめに行くことにした。
去る覚悟はできていたはずなのに。玲司が自分を置き去りにし、別の女の元へ行ったと知ると、心がざわついた。
あと数日で、すべてが終わる。時間が経てば、この感情もきっと消えていく。
車を降りると、そこにはすでに紗耶香が待っていた。露わになった肌には無数の赤い痕が残っていた。
かつて初芽は、この世界に来てから安心できずにいた。システムに突然呼び戻されるかもしれない。もしその時、子どもを身ごもっていたらどうするのか。そんな不安に苛まれていた。
そのたびに玲司は耳元で囁いた。
「初芽、俺を愛してないのか?
愛してるなら、どうして子どもを産んでくれないんだ?」
初芽は歯を食いしばり、何も答えず、ただ黙ってすべてを受け入れるしかなかった。
やがて二人の関係は次第に減っていき、玲司は何度も言った。「初芽、お前は保守的すぎる。何を怖がってるんだ?教えてくれよ、絶対に傷つけないから……」
けれど現実は、傷つけられることばかりだった。
初芽が黙り込むと、紗耶香はそれを恐れていると勘違いし、わざと玄関の奥を見せつけてきた。
床一面に散らばった避妊具。目に刺さるような光景だった。
紗耶香は挑発的に笑った。「どうしたの?呆気にとられた?
あなた知らないでしょ。彼、私のところに来た瞬間に飛びついてきたのよ。まるで女に飢えてたみたいに。あなたと一緒の時は、どんな惨めな生活だったのかしらね。
それとも、あなたには興味がないだけ?」
初芽の胸は、鋭い針で何度も突き刺されるように痛んだ。
部屋の奥からシャワーの音が響いた。紗耶香は一切隠そうともせず、さらに嘲るように言った。「どうする?直接、あなたの婚約者に問い詰めてみる?」
初芽は泣きもせず、玲司を待つこともしなかった。背を向けながら、ただ一言だけ残した。「あなたは私が捨てたゴミを拾うしかできない女よ」
家に戻ると、涙が途切れることなく頬を伝った。テーブルの上のツーショット写真を床に叩きつける。ガラスが砕け散り、写真は真っ二つに裂けた。笑顔の自分の顔が、粉々に裂けていた。
玲司が扉を開けて入ってきた。初芽を抱き上げ、心配そうに脚を確かめる。「傷はないか?
良かった、切ってはいないな。次は気をつけろよ。どうして泣いてるんだ?」
涙を拭い取りながら、申し訳なさそうに言葉を続けた。「初芽、怒ってるのか?俺が一緒に指輪を選ばなかったからか?
ごめん、全部俺のせいだ。次は絶対に会社なんて行かない。お前のそばにいるから」
彼の深い愛情も心配も嘘には見えなかった。だが、至近距離で漂う香水の匂いに、初芽は思わず吐き気を催した。
「……うっ」
吐き気を堪えきれずに嘔吐した初芽を見て、玲司は慌てて言い訳をした。「今日、女性の取引先に会ったんだ。その香りが移ってしまって、気にしないよな?」
初芽は首を振り、感情を押し殺した。「大丈夫。わかってる」
初芽はいつも通り静かで、従順で、聞き分けが良かった。玲司はほっと息をついた。だが、不思議なことに、彼女が何も言わなくなると逆に落ち着かなかった。
それでも彼は気にせず、初芽の額に口づけた。「今夜は友人たちと集まりがあるんだ。一緒に来てくれるか?」
初芽は玲司の友人たちが自分を見下しているのを知っていた。自分も彼らが嫌いだった。だからこれまで、ほとんど顔を合わせたことがない。
玲司は言ってから後悔した。「やっぱりいい。お前が嫌なら……」
「いいよ」初芽はあっさりと頷いた。どうせもうすぐ去る。なら最後に見ておこう。
かつて初芽と彼の友人たちの関係はうまくいかず、玲司はいつも板挟みになっていた。だからこそ、今回初芽が会うと言ったのに、玲司は素直に喜べなかった。どこかがおかしい気がしたのだ。
だが初芽は以前と変わらない穏やかな笑みを浮かべていた。その姿に、玲司はようやく安心した。「じゃあ一緒に行こう」
個室の中には玲司の友人たちが集まっていた。テーブルに並んだのは、初芽の好物ばかり。
玲司は皆の前で、わざとらしくケーキを差し出した。「ほら、初芽。ケーキだぞ」
ケーキの上には可愛らしい二つの苺が乗っていた。だがそれは、初芽の好みではなかった。
彼女が好きなのはマンゴー味。けれど、紗耶香は番組で「マンゴーアレルギー」と言っていた。だからテーブルにマンゴーはひとつもない。
滑稽だ。彼女はここにいないのに、玲司は彼女の言葉を覚えている。そして本物の妻の好みは、何ひとつ記憶していない。
もう少しで終わる。あと数日で、この世界から解放される。
一口ケーキを食べた瞬間、甘さはどこにもなく、代わりに塩辛さが広がった。涙がぽろぽろとこぼれ落ち、ケーキに混じっていたのだ。
「初芽、どうした?俺、また何か間違えたか?」
玲司の顔は心配でいっぱいだった。裏切りの罪悪感は一切見えない。初芽は首を横に振った。
「煙が目に入っただけ」
玲司はすぐに周囲に怒鳴った。「誰だ?ここでタバコ吸ってる奴は!俺はもうやめたって言っただろ!全部消せ!」
慌てて火を消す友人たち。だがその中のひとりが皮肉を言った。「玲司、奥さんに甘すぎるんじゃないですか?タバコがダメなら、これから酒もダメかもな」
「そうそう。前に飲みに来なくなったのも、奥さんが止めたからだろ」
「やっぱり紗耶香の方が気楽でいいよな。あの子はノリがいいし……」
空気が一瞬で凍りついた。
玲司は初芽の表情を伺いながら、必死に弁解した。「紗耶香はただの友達だ。遊び好きなだけだよ。初芽、気にしないでくれ。俺が本当に好きなのはお前なんだから」
その時、扉が開いた。シャネルのワンピースに身を包み、完璧に着飾った紗耶香が現れた。「ちょうど私の話をしてたみたいだけど?」
皆がにやにやと笑い、慌てて席を空ける。
残ったのは玲司の隣だけ。
紗耶香はバッグを片手に、その席へ当然のように座った。
「遅れてごめんなさい。みんな、私のこと恋しかった?……とくにあなた、玲司さん」紗耶香の声には、挑発めいた響きがあった。
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