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降りしきる雨に、君の心を問わず第3話

この話は約1683字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。

汐梨は気怠そうに寝椅子に身を沈め、ゆっくりとした口調で言った。

「母さんが家を去ったときは、財産を一切持たずに出ていったわ。いま再婚するというのなら、私もこの家にはもういられない。

だから、瀬戸家の財産の半分――総額で二百億円。一円たりとも欠けてはダメよ。

お金を渡してくれるなら、すぐにでも荷物をまとめて海外に行くわ。一生、あなたの目の前に現れることはない」

空気が一瞬止まり、俊夫は衝撃でしばらく言葉を失った。

美雪が慌てて立ち上がり、叫ぶ。「お姉ちゃん、そんな無茶なこと言っちゃダメ!」

汐梨はまぶたを上げ、ヒールを鳴らして立ち上がり、見下ろすように睨みつけた。

「私が何を要求しようと、日陰者の私生児に口を出す権利はないでしょう?」

彼女はもともと美雪よりすこし背が高い。そのうえ顎をわずかに上げた姿は、床に落ちる影にまで威圧感を帯びている。

美雪は目を赤くして、突然、予兆もなく床に崩れ落ちた。頭が「ゴン」と机の角に当たり、額を押さえて悲鳴を上げる。「お姉ちゃん、どうして私を突き飛ばしたの?」

汐梨はまぶたすら動かさず、淡々と口を開いた。「私は指一本触れてないわ。どうしても芝居を打ちたいなら、監視カメラを確認しましょう。この個室のカメラは、360度撮影できるよ」

俊夫が身をかがめて、美雪を助け起こそうとしたそのとき――

「バン!」と勢いよく個室の扉が開き、大きな人影が飛び込んできた。

男は美雪を抱き起こし、声が溢れんばかりの焦りを帯びている。「美雪、大丈夫か?」

その姿を、汐梨は生涯忘れることはない。

――司。

彼女が三年もの間、思い焦がれ、海に身を投げてまであとを追おうとした男。

生きていると知ってはいた。けれど今こうして目の前に立ち、抱いているのは他の女だという現実に、汐梨の全身の血は一気に冷えきった。

体が崩れそうになった彼女を、俊夫が素早く支え、早口で言った。「汐梨!落ち着いて聞け。ずっと黙っていたが……司は死んでいない。ただ記憶喪失になっただけなんだ!

美雪に偶然救われて……二人はもう結婚の準備をしている。だから落ち着け、どうか取り乱すな!」

その言葉のあいだに、汐梨が目を上げ、司の視線とぶつかった。

顔はあの頃のまま。だが、その瞳には、かつての愛情の欠片すらなく、ただ冷たく、よそよそしい光だけが宿っている。

司は眉を深くひそめ、冷ややかな声で腕の中の女を庇った。「汐梨。正統なお嬢様だからといって、人をこんなふうに傷つけていいわけがない」

汐梨は細めた瞳で、不意に笑った。「美雪。新しいボディーガードを雇ったの?芝居が上手ね」

その言葉に、その場の全員が凍りついた。

誰もが知っている。司は汐梨の命そのものだった。彼がまだ生きていると知った今、彼女が平静でいられるはずがないだろう。

司でさえも一瞬戸惑い、目の奥にわずかな困惑がよぎった。

汐梨は部屋にいる全員の様々な表情を見渡し、挑発的に笑った。「なによ?みんな、お化けでも見たみたいな顔して」

「汐梨……あなた、司のことがわからないのか?」とうとう雅美が声を震わせて尋ねた。

汐梨は、きょとんとした表情を作った。「誰?司って誰?美雪の新しいボディーガードの人?」

「もしかして、昔は知っていたのかもね」彼女は思い出したようにかばんから一枚の紙を取り出し、ひらひらと揺らして見せた。

「でも、私は記憶喪失になったの」

診断書にはっきりと記されている。

――彼女は強い衝撃を受け、記憶の一部を喪失した、と。

そう言いながら、汐梨は司にすこし近づいた。顔には完璧な礼儀正しさを装った微笑みを浮かべ、手を差し出す。

「初めまして。私は瀬戸家の長女、汐梨。よろしく」

司は黙って彼女を見つめ、二秒ほどの沈黙の後、ようやくその手を取った。「椎名司だ。よろしく」

――この形式ばった自己紹介は、まるで十歳のあの日、初めて彼に出会った時と同じ。

掌が触れ合った瞬間、胸を灼くような熱が走り、汐梨は奥歯を噛みしめて声を平静に保った。

素早く手を引き抜き、俊夫の方を振り返る。口調は再び冷たくなっていた。

「二百億円。十日以内に振り込んで。一か月後、私はスイスへ行く」

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