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遅れてきた母の愛第1話

この話は約7021字。当サイトで読める1話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第2話からは公式アプリで読めます。

8歳のとき、いとこと喧嘩をした私を母は車から放り出した。

大人になった私は、会社の重要なプロジェクトで忙しい中、母に呼び出された。

それは、いとこの機嫌を取るためだった。

3ヶ月かけて頑張ってきたプロジェクトが、あの一件で台無しになりかけた。

母は、私を愛していない。

それを受け入れたのは、26歳になってからだった。

それからしばらくして、私は母に言った。

「もうお母さんなんていらない」

すると、母は私の手を掴み、狂ったように必死に尋ねてきた。

「ねえ、私の大事な娘、高橋柚季を見なかった?」

第1話

8歳のとき、いとこが不機嫌だという理由で、母は私を車通りの激しい道路の真ん中に放り出した。

大人になっても、母の行動は変わらなかった。

いとこの機嫌を取るためだけに私を接待の席から呼び戻し、3ヶ月かけて進めてきた会社のプロジェクトを台無しにしかけた。

母が私を愛していないという事実を、私が受け入れたのは26歳のときだった。

その後、私は母に言った。

「もうお母さんなんていらない」

しかし、母は自分の一番愛していた姪を殺し、私に振り向いてほしいと懇願した。

そして刑務所に入った後、母はさらに狂ってしまった。

手を掴み、私に必死で尋ねてきた。

「ねえ、私の大事な娘、高橋柚季を見なかった?」

母は何度も電話をかけてきた。

その時、私は渡辺社長と会食の席にいた。

このプロジェクトは上司が非常に重視しているのもで、責任者である渡辺社長はとにかく手強い相手だった。

私はチームメンバーを率いて、約3ヶ月間何度も計画を修正し、ようやく彼の納得を得られそうなところまで来ていた。

今夜の会食も、彼を説得するための大事な場だった。

彼が一言「いいだろう」と言えば、このプロジェクトは成功するはずだった。

会食の席は和やかだったが、渡辺社長は誰からの乾杯も笑顔で断り、周囲が飲む様子を冷静に見守っていた。

私は胃の灼熱感に耐えながらほぼ1本の赤ワインを飲み干したが、彼の態度は依然として変わらなかった。

その時、机の上で震える携帯に目が行いった。

確認すると、母からの着信が十数件あった。

メッセージの内容も、ほとんどが罵倒だった。

「電話も返さないなんて、調子に乗ってるんじゃないの?」

「苦労して育てたのに、この仕打ちか!」

「すぐに帰ってこい。後悔しても知らないわよ!」

この手のメッセージには慣れていたので、特に感情が動くこともなく、携帯を閉じようとした。

その時、母が最初に送ってきたメッセージが目に入った。

「柚季、ママはあなたに会いたいの。家に帰ってきてくれない?」

その一文を見た瞬間、胸がざわつき、思わず携帯を閉じてしまった。

「何かあったんだろうか?」

そう思いながら、周りを見ると、酔いつぶれて使い物にならないチームメンバーたちの顔が目に入った。

10分後、私は席を立ち、渡辺社長に一礼して言った。

「申し訳ありませんが、お先に失礼させていただきます」

その場の全員が驚く中、私は彼の険しい表情を背にして部屋を出た。

家の前に立ち、何度もドアを叩いたが、母は開けてくれなかった。

私はこの家の鍵を持っていなかった。

正確には、母の家の鍵だが。

私はとっくにここを出て、一人暮らしをしている。

11月の冷たい風が酔いを少しずつ覚まさせる。

コートの襟を整えながら、私は思った。

また騙されたのか?

スマホに田中悠真からのメッセージが届いた。

「柚季さん、あなたが帰った後、渡辺社長の機嫌が良くなかったみたいです。会食は先ほど終わりました」

そのメッセージを読んで、私の酔いは一気に冷めた。

こんな母親のために、3ヶ月間の努力を無駄にした自分がバカみたいだ。

力を込めて再びドアを叩き始めた。

先程は反応がなかったドアが、2分ほど乱暴に叩いたところで、ようやく開いた。

母は不機嫌そうな顔で出てきて、私を怒鳴りつけた。

「柚季!こんなにドアを叩いて、どういうつもりなの?頭おかしいんじゃないの?」

その背後にはいとこの立川百恵がいて、母の買ってくれたフリースのパジャマを着て、親しげに腕を絡めていた。

彼女は高慢な態度で私を見下し、小馬鹿にするような視線を向けてきた。

百恵は笑いながら母に言った。

「おばさん、やっぱり従姉は戻ってきましたね。こんなに粘るなんて、私負けました。賭けのお金、送金しますね」

母は満足そうに微笑みながら言った。

「私の娘だもの。私がよく分かってるわ。玄関で10分放っておいても絶対に帰らないってね。でも、2000円で賭けなんてやめなさいよ、私が百恵のお金を受け取るわけないでしょ」

彼女たちの会話を聞いた私は、抑えていた怒りが一気に爆発しそうになった。

今夜の重要な接待を、たった2000円の賭けのために台無しにされたなんて。

許せるわけがない。

「私を呼び戻したのは、その賭けのためだけ?」

母は百恵の頭を優しく撫でながら言った。

「何よ、私があんたを家に呼ぶことがそんなに悪いわけ?私が産んだ娘なんだから、私が何をさせようと従うのが当然でしょ!」

「今夜の会食がどれだけ重要だったか、わかってるの?」

悔しさと怒りが胸を締め付け、声が震えた。

母は全く聞く耳を持たず、すぐに声を荒らげた。

「そんな会食なんて私に関係ないでしょ!それより、私に向かってそんな口の利き方をするなんて、どうしようもない子ね!こんなことなら犬を育てた方がマシだったわ!」

母の態度に追い打ちをかけるように、百恵がわざとらしい口調でフォローを入れた。

「おばさん、そんなに怒らないでください。従姉はきっと、酔っぱらってるだけですよ。悪気があったわけじゃないと思います」

その言葉を聞いた母はさらに苛立ちを募らせた。

「柚季、まさか酒まで飲んできたの?なんて恥知らずなの!こんな夜中に酔っ払って帰ってくるなんて!

毎日派手に着飾って、色気で男を釣るような真似ばかりして!何度も言ってるでしょ。真っ当な仕事をしなさいって。そんな生き方して、私が恥ずかしいわよ!」

そんな母の言葉に、私は驚いて言葉を失った。

信じられない。

自分の娘をこんなふうにけなすなんて。

「本当に、私のことそう思ってるの?」

母は、私が何の仕事をしていると思っているのだろうか?

私が彼女に何度も渡したお金が、どこから来ていると思っているのだろうか?

「私の仕事は、私が努力して掴み取ったもの。稼いだお金は、一円たりとも後ろめたいことなんてない」

震える唇を噛みしめながら、言葉を一つ一つ丁寧に伝えた。

「あなたは私の母親でしょう?それなのに、私を信じないで、こんなに侮辱するの?

私のお金が汚いと思うなら、もう使わないで」

その瞬間、母の顔色が変わった。

お金のことを考えたのだろう。

急に態度を軟化させ、興味を失ったように言った。

「はいはい。ちょっと言っただけでそんなに怒るなんて。まるで被害者みたいに振る舞うのね!」

私は小さく頷きながら、心の中で自分に言い聞かせた。

そうだ、私は被害者だ。

もういい。

そのまま踵を返し、家を出た。

母が私の腕を強く掴んだ。

「こんな夜中に、酔っ払ったままどこに行こうっていうの?」

腕が痛くなるほどの力だった。

私は振り払って答えた。

「もちろん、家に帰るのよ」

母は呆然としていた。

私は彼女の顔を見ながら、何度も叩いた玄関のドアを指差した。

「ここは私の家じゃないもの」

「柚季!何を馬鹿なこと言ってるの?ここがあんたの家じゃないって、一体どういうつもり?」

母は怒りを露わにしたが、私はただ冷笑した。

玄関を一歩踏み越えて室内を指差しながら言った。

「よく見てよ。本当にここが私の家だと思う?」

「家の中に私のものが一つでもある?私の部屋がある?」

リビングの棚には、母と百恵が寄り添って笑う写真が飾られている。

誰が見ても、母娘の仲の良さを称賛するだろう。

ソファも百恵が好きな雲の形のものに変わっている。

食器だって、彼女が好きな猫のキャラクターのデザインだ。

私はリビングを指差して続けた。

「これでも私の家だって?私の部屋すらもないのに、どうして私だの家だと言えるの?

毎回帰ってきても、私が寝るのはソファだった」

百恵が中学に進学するとき、母は彼女の教育のために田舎から引き取った。

家には二部屋しかなかったため、母は何の迷いもなく私を寮のある高校に追いやり、私の部屋は百恵のものになった。

百恵が「他の人と一緒に寝るのは無理」と言い放ったため、私は実家に帰るたびにリビングのソファで寝ていたのだった。

そのうち私は、家に帰るたびに自分のものを少しずつ持ち出し、この家に私がいた痕跡を消していった。

今、この住み慣れた家を見渡しても、なんの親しみも感じないよそよそしさを感じさせる場所になってしまった。

「これが家だっていうの?他の家庭には、しっかりした父親や、優しい母親がいる。

でもこの家には父親もいないし、母親もいない。母親は他人の母親になるのに忙しいしね!

そうだった、私の家にはいとこもいるわ。毎日私に白い目を向けて、母親を奪い取るいとこが!」

酔いの勢いも相まって、私は胸の内に溜まっていた怒りを全て吐き出した。

母を睨みつけると、彼女はしばらく沈黙していた。

だが、その沈黙はほんの一瞬だった。

彼女はすぐに怒りを私に向け、責任を押し付けてきた。

「自分がこの家に住みたくないんだろ?それが私や百恵のせいだっていうの?

お前が自分から孤立して、誰とも親しくできないんだから仕方ないじゃない!

私がどうやってお前と仲良くするの?どうやって引き留めろっていうの?」

私は幼い頃を思い出した。

まだ小さかった私は、母の後を追いかけながら何度も聞いたものだ。

「お母さん、私のこと愛してる?」

母が不機嫌そうにしているとき、私は彼女の袖を引っ張りながら言った。

「お母さん、怒らないで。私、いい子にするよ。大きくなったらお金を全部お母さんにあげるから」

その言葉はそのうち、誰にも届かない独り言になった。

「お母さん、百恵に全部愛をあげないで。少しだけでも私に分けてくれない?」

そんな私の思いを、母は聞こえないふりをしていた。

今になって、私が距離を取っているのが悪いと言われるなんて。

過去の記憶に胸が締め付けられる。

「はいはい、全部私が悪いんでしょ。

どうせ私は家に帰ってこないし、あなたとも親しくない。もう、あなたの娘だと思わなくていいわ。

せいぜい百恵と仲良くして。これからは彼女があなたの娘よ。彼女に老後の世話を頼めばいい」

そう言い終わった瞬間、「バシッ!」という音と共に、頬に痛みが走った。

母の平手打ちだった。

「反抗する気なの?母親に向かってそんな口の利き方をして!」

怒りに震える母は、私を仇でも見るかのような目で睨みつけた。

百恵は、この光景を見慣れているらしく、腕を組みながら満足げに眺めている。

私は唇を引き上げて冷たく笑い、彼女を見つめながら言った。

「あなた、孤児か何か?家も母親もないの?他人の家に居座るなんて」

まさか私が矛先を向けてくるとは思わなかったのだろう。

百恵の顔は青ざめ、すぐに母に助けを求めて叫んだ。

「おばさん、柚季が私を罵った!」

母は一層怒りを募らせ、指差しながら怒鳴った。

「出て行け!今すぐここから出て行け!」

その言葉に耐えきれず、私はドアを開けて飛び出した。

しかし次の瞬間、足を踏み外し、階段で転んでしまった。

最悪だ。

なんて惨めなんだろう。

目の前に白い光が一瞬走った。

気がつくと、まるで雲の上で寝ているようだった。

周囲は真っ白で、ふわふわしていて、とても心地よかった。

そしてまた、子供の頃の夢を見た。

でも、それは決して楽しいものではなかった。

夢の中にはいつも決まって百恵が出てくる。

それが私は大嫌いだった。

6歳のとき、母が私を連れて田舎に帰り、祖母を訪ねた。

田舎の地面は都会と違い、雨が降った後はとても滑りやすくなる。

百恵と私は庭でボールを追いかけて遊んでいたが、彼女が急いでボールを取ろうとして足を滑らせ、転んでしまった。

彼女はすぐに大声で泣き始め、その泣き声で周りの大人たちが集まってきた。

おじは百恵を抱き上げて慰めていたが、彼女は私を指差し、私が彼女を突き飛ばしたと言い出した。

突然の非難に驚いて、私はただ「違う、違うよ!」と繰り返すことしかできなかった。

しかし、母はその話を聞くなり、私に平手打ちをくらわせた。

「柚季!お前はなんて悪い子なんだ!わざと人を押すなんて!」

その一発で、私は「有罪」になった。

大人たちは泣き続ける百恵の周りに集まり、誰一人として私の話に耳を傾けようとしなかった。

私はただ、百恵が勝手に滑ってできた長い跡をじっと見つめていた。

みんなが解散した後も、私は泥だらけの庭に一人で取り残されていた。

どうしていいか分からず、途方に暮れていた。

誰も私のために反論してくれず、誰も私を気にしていなかった。

結局、泣きながら無人の古い家に隠れ、暗くなるまでそこにいた。

私を見つけてくれたのは父だけだった。

母を含め、誰も私がいなくなったことを気にも留めていなかった。

その時、私は悟った。

泣ける子だけが得をするのだ、と。

8歳のとき、母は百恵を家に呼び、彼女を喜ばせようと動物園に連れて行った。

そこは私がずっと行きたかった場所だった。

威厳ある虎や可愛らしい猿たちがいる場所。

しかし、父は休みなく働き詰めで、お金を稼ぐために長く家を空けていた。

私は母に何度もお願いしたが、母は「時間がない」「面倒だ」と言うばかりだった。

百恵が来たことで、母は彼女を連れて行くついでに私も連れて行ってくれた。

他人の子供のおかげで願いが叶ったのだった。

それでも私は嬉しかった。

車の後部座席に百恵と一緒に座り、父が買ってくれたグミを彼女と分け合った。

一人一袋ずつ。

父は私がグミを食べ過ぎて虫歯になるのを心配して、あまり買ってくれなかった。

だから私は一粒一粒をじっくり味わった。

赤はイチゴ味、紫はブドウ味、黄色はオレンジ味。

一方、百恵は次々に口に入れてあっという間に食べ終わり、私の分を欲しがり始めた。

「これは私の分だよ」と断ると、百恵は車の中で泣き始めた。

まるでこの世の終わりかのように。

その日は通勤ラッシュで、道路は車でごった返していた。

母はイライラしていたが、なんとか百恵をなだめようとしていた。

そして、ついに私に命じた。

「柚季、あんたがそのグミを持ってるから百恵が泣いてるんでしょ。さっさと残りを全部彼女に渡しなさい!」

私は嫌だと言ったが、百恵の泣き声はさらに大きくなるばかりであった。

母は怒りを爆発させ、声を荒げた。

「柚季、今すぐ渡さないなら、許さないよ!」

母の苛立ちは、車内の雰囲気をさらに重苦しくした。

渋滞の合間を見て、母は車を路肩に停めた。

無言で後部座席に回り込むと、冷たい目で私を見下ろし、何の躊躇もなく私を車外へ引きずり出した。

同時に、私が大事に抱えていたグミも、無理やり奪い取った。

「毎日毎日、たかがグミを宝物みたいに抱えて!百恵にあげるのがそんなに嫌なの?こんなに頑固で、誰とも打ち解けない性格じゃ、将来どうなることやら!

言うことを聞けないの?動物園なんて行かなくていい!そんな態度じゃ、みんなの気分が悪くなるだけだわ!」

そう言い放つと、母は車に戻り、ドアを閉めた。

ドア越しに、母が百恵を優しくなだめる声が聞こえてくる。

「百恵、もう泣かないで。嫌な子とは遊ばなくていいからね。グミは全部あなたのものよ」

私は呆然と空っぽの手を見つめた。

何も残っていない。

グミも百恵のもの。

母の愛情も百恵のもの。

車の往来する道の真ん中で、私はクラクションの音に怯えながら、車のドアを必死に叩いた。

「お願い、お母さん。私を置いていかないで!」

「私、もうお利口にするから!グミだって全部百恵にあげるから!」

泣きながら母に訴えた。

けれど、母は冷たい態度を崩さず、私の涙も叫びも無視して、ドアを開けてくれることはなかった。

私は小さな体で、車の後を懸命に追いかけた。

涙を流しすぎて、しゃくり上げる声しか出なくなった。

私のそんな様子を見ても、母は私を置き去りにしようとした。

後ろの車に乗っていた男性が母を止め、警察を呼んでくれた。

母は警察に向かってこう説明した。

「この子が悪いんです。言うことを聞かず、わがままでうるさすぎるので、ちょっと厳しく躾けただけなんです」

周囲には大勢の人が集まり、口々に言いたいことを言い始めた。

「どんな理由があったとしても、車道に子供を置き去りにするなんて!もし事故が起きたら、どうするつもりだったんだ?」

「でも、よく躾けるべき時期じゃないか?そんな性格のままだと、学校で何かしでかしそうだ」

私は涙を流しながら、小さな声で反論した。

「違うの、私は騒いでない。グミだって、百恵にあげたのに……私は、ずっといい子だったのに……」

けれど、誰も私の言葉には耳を貸さなかった。

ただ、非難の声だけがどんどん大きくなっていく。

百恵の泣き声が響く。

母の怒鳴り声が追い打ちをかける。

「こんな役立たず、産まなきゃよかった!育てたって無駄だったわ!」

群衆の中からも次々と声が上がる。

「こういう子供は早めに矯正しないと!自分勝手でわがままな性格は大問題になるよ」

「こんな小さな子がこれほど自己中心的なんて、信じられない」

私は何度も首を振った。

「違う、違うの!私は悪くない……私は、ずっと、ずっといい子だったのに……」

その時、誰かが私の肩を強く揺さぶった。

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