詐欺婚約を捨てた日、幼なじみが結婚してくれた第1話
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三ツ森洋隆(みつもり ひろたか)と婚姻届を出したその日、私はお祝いのつもりで、朝からたくさん料理を作って待っていた。
帰りは何時ごろかと聞こうと電話をかけた。
ところが、通話をつなぐと、聞こえてきたのは洋隆の友人の声だった。
「早乙女沙耶華(さおとめ さやか)ってまじでチョロくね?偽の受理証明書、なんの疑いもなく信じ込んだんだぜ。洋隆と田原優衣奈(たばる ゆいな)が本物を出してなかったら、俺ら区役所の職員役なんてやる羽目にならなかったのに」
続いて、洋隆の気の抜けた笑い声。
「あんな都合のいい女、こっちはタダで使えるだけで十分なんだよ。優衣奈とはガキの頃からずっと一緒だし、俺にとっちゃ最初からあいつだけが本命だ」
手にしていた受理証明書を握りしめたまま、涙が止まらなかった。
5年間愛した男は、私のことを一度も愛していなかった。ただ利用できるだけの存在として、そばに置いていただけだ。
そういうことなら、もういい。
私は自分の幼なじみ、氷室慎治(ひむろ しんじ)に電話をかけた。
「もしもし、今時間ある?結婚しよっか」
* * *
本物の婚姻届受理証明書を手にした。そこには区役所の受理印がきちんと押されている。洋隆から受け取ったほうには、それがひとつもなかった。そのとき初めてわかった――あの男の欺き方は、こんなにも雑だったのか。
「さっさと、あの家から荷物を出せ。俺はこれから、ちょっと片をつけることがある。二、三日待っていろ。車は手配してある」
慎治は受理証明書を胸ポケットに押し込むと、ぶっきらぼうにそれだけ言い残して、自分の車に乗り込んだ。
手にした受理証明書をもう一度、ぎゅっと握る。私が慎治の手配してくれた車に乗り込むと、外は土砂降りの雨になった。
ちょうどそのとき、洋隆から着信が入る。
「今どこにいる。なんでこんな時間に家にいねえんだ」
昔の私なら、甘えて迎えに来てとねだっていた。でも、洋隆がくれた恋も結婚も、すべて偽物だ。あのとき、私の中で何かが終わったのだと思う。
返事を待たず、電話越しの声は苛立ちを募らせる。
「どこにいようが、さっさと戻れ。こっちはまだメシも食ってねえんだ。優衣奈も待ってる」
一方的に通話を切られた。最後の一言で確信する――やっぱりあの女も一緒にいるのだ。私は短く鼻で笑い、スマホをバッグにしまい込む。5年前から住み続けた、あの家へと足を向けた。
リビングのソファに優衣奈がふんぞり返り、果物を頬張っている。その隣には、キャラクターシールでべたべたに飾られたスーツケースが置いてあった。
「遅かったな。さっさとメシ作れ。優衣奈と帰りに買い出しは済ませてあるから、手間も省けるだろ。そうだ、こいつのマンション、契約が切れたから今日からここに住む。お前、飯を作り終わったら急いでゲストルームを片付けろ」
洋隆は、優衣奈や仲間の前だと決まってこんな調子だった。私をあごで使う姿を見せつけて、自分の方が上だと誇示するのだ。
付き合い始めた頃は「人前だと強がっちまうだけなんだ」と下手に出て弁解したこともあった。けれど今では、私の献身も我慢も、すべて当たり前のものとして享受している。
思わず笑いがこみ上げてくる。そう口を開こうとした、その時だった。
私が折れたと思ったのか、優衣奈がバッグから一枚の協議書だか何だかを取り出し、勝ち誇った顔で差し出してくる。
「沙耶華さん、今日から一緒に暮らすんだから、どうか仲良くしてくださいね。これ、一応目を通しておいてもらえる?洋隆だって、これ以上もめたくないだろうし」
ちらりと紙面に目を走らせ、最初の一文で言葉を失った。
【乙(早乙女沙耶華)は、本住居内における甲(三ツ森洋隆)の就寝に関する態様(場所および相手方を含む)について、一切の決定権が甲に帰属することを承認し、これに対する拒否権を行使しないものとする】
一切の決定権が甲に帰属するって?これが、洋隆の家なの?
洋隆のマンションはその職場からひどく遠く、私は新しく家を買ったばかりだった。だから彼のほうから引っ越してきて、一緒に暮らし始めた。そんな当たり前のことを、私は今さら思い出していた。
「結婚したら俺の広いマンションに住もう。お前の家にはお前の両親を呼び寄せて、二人で老後を看よう」
口ではそう言っていた。だが、私にしてくれたことなど、たったのひとつもない。
私が書面を受け取らないのを見て、洋隆が苛立たしげに急かす。
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