許せない過去が、風に吹かれて第3話
この話は約1653字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
使用人が口を開く間もなく、彼は手を振る。背後に控えていたボディガードがその者を連れ出していった。
外から悲鳴が響き、私は思わず体を震わせる。
「待って!彼女のせいじゃないの。妊娠初期はちょっとした体調変化……」
私が言い終わらないうちに、彼は遮った。
「庇う必要はない。君の世話をきちんとできない時点で、そいつの落ち度だ」
これが菅田家の次期当主という男だ。
もし私が妊娠を隠していれば、さっきの使用人と同じ目に遭っていただろう。
婚約の時に、この男がもう私の人生を台無しにした。
これから子どもを産ませる手段など、いくらでもある。
自力で自分を救い出さなきゃ。
そう考え、甘えるように彼のスマホをひったくった。
「浮気チェック」
晃成は笑いながら私の頭を軽くつついた。
「ああ、好きにしろ」
これは彼が私をあしらうために用意した、いわゆるダミーのスマホだ。
晃成は私を警戒していなかった。私は簡単に彼のライバルの連絡先を見つけ出し、自分のスマホで友達申請を送った。
相手はすぐに承認した。
適当な言い訳をして晃成を部屋から追い出すと、すぐにその男へメッセージを送信した。
【大きな取引の話を持ち込んだんだけど、やる気ある?
五日後に私をこの街から逃がして。代わりに、北町の土地をあげる】
……
翌日、晃成はすべての予定をキャンセルし、私の妊婦健診に付き添ってくれた。
道すがら、彼はスマホをひと目見ると、運転手に車を停めるよう命じた。
「悪い、急用が入っちまった。秘書に付き添わせるから、ちゃんと診てもらうんだよ」
私は静かにうなずき、車を降りた。
その場に立ち尽くしたまま、遠ざかっていく車をただ見送った。
それから三十分ほど経った頃だった。
ふいに背後から口をふさがれ、あっという間に車内へと引きずり込まれた。
その瞬間、忘れたかった記憶が鮮明によみがえる。体が震え、息さえもままならない。
連れて行かれた先で、男は私を地面に投げつけ、頬を叩いた。
「おい、まさか俺のこと忘れたか? でも俺は覚えてるぜ。お前の体型も、肌の感触も……」
そこへ旭が姿を現した。
私の無様な様子を一目見るなり、彼はスマホを掲げ、その画面を目の前に突きつけた。
そこに映っていたのは晃成だった。彼の言う「急用」とは、瑠花とその息子を慰めることだったのだ。
画面の中の晃成は、目を真っ赤にして瑠花を強く抱きしめている。
「瑠花、自分の体を大事にしろ。俺にとって、お前に代わるものなんてどこにもいない」
「見えたか?」
旭が冷ややかに笑う。
「まさか本気で晃成が健診に付き添ってくれると思ってんのか。笑わせるなよ」
彼は私の髪を掴むと、再び車内へ押し戻した。向かった先は、病院の裏手だった。
車を降りるや否や、体勢を整える間もなく、膝裏を蹴りつけられた。
私はその場に崩れるように跪いた。
顔を上げると、ハイヒールの足音を響かせた瑠花が、冷たい微笑みを浮かべながら近づいてくる。
彼女は足を上げ、私の背中を思い切り踏みつけた。
「どんな男に抱かれたかわからないような女が、まさか晃成に愛されてるなんて思ってるの?
知らないでしょうけど、晃成はいつも私にこう言うのよ。『雨音と一緒にいると吐き気がする。子どものためとはいえ、触れるたびに全身を洗いたくてたまらない』ってね」
心臓をぎゅっと掴まれたような衝撃に襲われ、私は思わず吐き気をもよおした。
瑠花の満ち足りた笑みが、ますます深くなる。
「あんたの女でしょ。挨拶くらいしてあげなさい」
彼女が車内の運転手に合図を送る。
見知らぬ男の気配が迫ってくる。あの耐えがたく、おぞましい記憶が、狂ったように脳裏をよぎる。
私は歯を食いしばり、男の腕に噛みついた。
そして立ち上がると、瑠花めがけて突進し、その首に手をかけた。
瑠花の表情が、恐怖に歪み、一瞬笑みを浮かべると、哀れっぽく涙を浮かべる。
「晃成……」
その声と同時に、私は首を掴まれ、壁に激しく叩きつけられた。体の半分が砕けるような衝撃だった。
駆けつけた晃成は、震える瑠花を庇うように抱きしめた。
「瑠花、大丈夫か?何かされたのか?」
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