記憶喪失、3人のイケメン御曹司をATM扱い第2話
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竜也は、行動力だけは人一倍ある。そして、その行動は常に、常軌を逸していた。
その次の日の夜、竜也は看護師を丸め込んだらしい。正人が着替えに帰った隙を狙って、私を病室から連れ去った。
竜也はド派手なブガッティを飛ばして、行きつけの会員制バーに私を連れて行った。
個室に入ると、そこはタバコの煙でもうもうとしていた。
そこにいたのは、竜也のいつもの遊び仲間たち。隣は、肌の露出が多い服を着たモデルっぽい女の子が何人かいた。
「竜也さん。もうあなたに夢中な子を連れ戻したのか?」
「事故で頭がおかしくなったんだって?人の顔もわかんない感じ?」
周りからはやしたてる声がして、すごく耳ざわりだ。
竜也は私をソファに座らせると、ダークリカーの入ったグラスを揺らしながら、いつものように気だるげな笑みを浮かべた。
「葵、医者が言ってたよ。昔の記憶を刺激するのが一番効果があるって」
そう言って、竜也は私の目の前にグラスを押し付け、含みのある笑みを浮かべた。「これを飲めば、何か思い出すかもよ。昔、僕のために血を吐くほど飲んでくれたじゃないか」
目の前の強いお酒を見ながら、私は心の中で竜也を呪ってやった。
あなたのために?冗談じゃないわよ。
あれは残業代が3倍だったからに決まってるだろう。
でも今の私は、記憶をなくしたか弱い女。飲むわけにはいかない。だから、演じるしかない。
私は怯えた小動物みたいに、ぶるぶると震え始めた。
ソファの隅っこにうずくまって、両手で頭を抱えながら、何かをもごもごとつぶやき始めた。
竜也は、私が何か感動的な過去を思い出すんじゃないかと期待したらしい。周りを静かにさせて、耳をすませてきた。
「高い……このお酒、すごく高い……」
私は消え入りそうな声で、泣きながら言った。
竜也は一瞬きょとんとして、「なんだって?」と聞き返した。
「こぼしちゃダメ……こぼしたら、弁償しないと……私、払えない……」顔を上げると、私の目には涙がたまっていた。生活のために必死になっている、あの絶望感を完璧に演じてみせた。
周りにいた御曹司たちは、みんなあっけにとられていた。
お金のために犬みたいにしっぽを振る人間は見慣れている。でも、記憶をなくしてもなお、本能でお金の心配をするほどの「一途な想い」は見たことがなかったのだろう。
竜也の表情が、目に見えて変わった。
その目からからかうような光が消え、代わりに罪悪感みたいなものが浮かんでいた。
「僕、昔……あなたにお酒の代金を弁償させたりしたか?」竜也の声は、少しだけ上ずっていた。
私は何も答えなかった。ただ膝を抱えて、何かやらかした子供みたいに、声も出さずに大粒の涙をぽろぽろとこぼすだけ。
この「声を出さない」っていうのがポイント。昼ドラで学んだとっておきのテクニックだ。
案の定、竜也は心をやられたみたいだ。
たぶん竜也の頭の中では、「貧しいけど健気な少女が、自分を愛するあまり、ひどい仕打ちにもだまって耐える」みたいな悲劇のドラマが再生されていたんだろう。
「くそっ」
竜也は小さく悪態をつくと、私の前のグラスをひったくって、床に思いっきり叩きつけた。
ガシャン、と大きな音がして、ガラスが飛び散った。
個室は、水を打ったように静まりかえった。
「今後、葵に酒を飲ませようとしたやつがいたら、ぶっ殺す」
そして竜也は、なぜかおそるおそるこっちを向いた。私に触れようと手を伸ばしかけて、でも、また怖がらせるんじゃないかってためらっている。
私はタイミングを見計らって、ポケットからあの赤い手帳を取り出した。
みんなが見ている前で、震える手で竜也のページを探し当てた。
そしてペンを持って、ものすごく真剣な顔でこう書き込んだ。【工藤竜也:+20000】
その瞬間、竜也の目がぱっと輝いた。
彼はその数字に釘付けになり、肩で息をしながら聞いてきた。「葵……これ、僕の点数?」
私は鼻をすんっと鳴らして、おびえたようにうなずいた。「あなたのことは思い出せないけど……さっきグラスを割った時、なんだか私を守ってくれているみたいで。
だから……あなたは、いい人なんだなって」
「いい人」認定。必殺技だ。
竜也みたいな遊び人には、こういう駆け引きなしの、まっすぐな言葉が一番足りてなかったんだろう。
竜也は興奮して手までふるわせながら、店員に向かって叫んだ。「おい、酒だ!店で一番高いやつをありったけ持ってこい!今夜は僕のおごりだ!葵をびっくりさせたお詫びだ!」
1本20万円のボトルが、10本。
このお店のルールでは、盛り上げ役としてレギュラーで入ってる私には、バックマージンが入ることになってる。
私は頭の中で、すばやく計算を始めた。
ボトルのチャージとバックマージンを合わせたら、これだけで最低でも40万円は私の懐に入る。
それにさっきのプラス2万円っていう「慰謝料」の最低保証もゲットした。
今夜ここに来たかいがあったってわけだ。
竜也は私の隣に座って、褒めてほしそうにしっぽを振る大きな犬みたいだ。なんと、私のためにブドウの皮までむき始めた。
さっきまで私をバカにしていた御曹司たちの視線も、今ではすっかり変わっている。まるで恐れ多いものを見るような目だ。
あの竜也に、ブドウの皮をむかせる女なんて、私が初めてだろう。
竜也が口元に運んでくれたブドウは、とても甘い。
でも、私の心の中はそれ以上に甘い気分で満たされていた。
だって、竜也がこっそりスマホのメモ帳に何か打ち込んでいるのが見えた。【グラスを叩き割るのは乱暴すぎる。次はもっと優しいやり方でポイントを稼ごう】
ふふっ。
なるほど。遊び人を手なずける一番の方法はこうだ。私が身もだえするほど竜也を愛してるって勘違いさせる。そして、彼がほんのちょっとまともな行動をとるだけで、私から「ご褒美」がもらえると思わせる。
これのどこが恋愛だろう。
もう、獣の調教みたいなものだ。
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