研究に身を捧げた私に、婚約者は狂ったように後悔した第3話
この話は約1882字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
その夜、冬翔は帰ってこなかった。私も彼に電話をかけて、どこにいるのかを聞こうとはしなかった。
すでに、夏蓮のSNSで全て見てしまっていたから。
午後、二人は病院を出た後すぐに桐島家へ向かい、妊娠のことを家族に伝えていた。
写真には、夏蓮のおばあさんが優しげに冬翔の手を取って、何かを語りかけている様子が映っていた。彼はもう一方の手で夏蓮のお腹を優しく撫でながら、穏やかな笑顔を浮かべていた。
五年間付き合ってきた中で、冬翔が私の実家に来てくれたのは、私のプロポーズを受け入れてくれたあの時だけだった。
私たちの実家は車で三十分もかからない距離だったのに、それまで彼は一度も自分から訪ねてこなかった。
「年配の人と一緒にいるのはあまり得意じゃなくて、ちょっと気まずいんだ」と、彼は言っていた。
その一度だけの訪問でも、彼の態度は丁寧で礼儀正しかったけれど、決して心を開いているようには見えなかった。写真の中で桐島家の人たちと接している、あの柔らかい笑顔とはまるで違う人のようだった。
私は目の奥に滲む苦しさをこらえるように、スマートフォンの画面をそっと閉じた。
翌日、私は数人の友人を呼んで、結婚式をキャンセルすることを伝えた。
最初、冬翔は結婚式を嫌がっていた。「結婚式なんて、ただの形式で意味がない」と言っていた。
私が願いしたおかげで、彼はやっと親しい友人や家族だけを招いた小さな結婚式に同意してくれた。
周囲の人たちは私が冬翔にどれだけ強い感情を抱いているか知っていたから、結婚式が中止になったと聞いて、皆驚いていた。
「ずっと朝倉さんのことが好きだったんでしょ?やっと高嶺の花を手に入れそうだったのに、どうして諦めるの?」
胸の中に、抑えきれない苦さが広がった。
諦めるなんて、できるわけがない。
私は二十年も冬翔を追い続け、ようやく彼が結婚を承諾してくれた。
そんな長い時間をかけて築いた感情を、簡単に手放すことなんてできない。
でも実際、この関係は最初から対等ではなかった。
ずっと私が冬翔の後ろを追い続けーー
彼は一度も立ち止まることなく、私の心を求めてくれなかった。
最初は気にしていなかった。二十年かけて、彼が結婚を承諾してくれたのだからーー
私もきっと、時間が経てば彼の心に入り込めると思っていた。
結婚後には、まだたくさんの時間がある。私は待つことができる、彼が本当に心を開いてくれるその瞬間まで。
でも、夏蓮という命の恩人が現れてから、すべてが変わった。
その時、私は初めて気づいた。冬翔がすべての人に冷たく接しているわけではないことに。
彼は夏蓮の前では、いつも優しい顔を見せていた。私の前では、そんな顔を一度も見せてくれなかったのに。
その時、自分に言い聞かせた。夏蓮は彼を救った命の恩人だから、
彼が恩を返すために優しくしているのだろう、と。
でも、まさか夏蓮が癌にかかり、彼が「子どもを作りたい」と言い出すなんて思わなかった。
しかも、私に同意を求めるふりをして、裏でこっそり人工授精をして、夏蓮に子どもを宿らせていたなんてーー
その瞬間、私ははっきりと感じた。私と冬翔は、もう二度と一緒に歩いていけない。
たとえ二十年もの想いがあったとしても、私はその想いを断ち切らなければならない。
私は理由を話さず、「これから研究室に入るから、しばらくは外と連絡が取れなくなる」だけ言った。
申し訳ない気持ちもあって、友人たちと深夜まで過ごし、そのまま帰宅した。
家に着いた時、ちょうど冬翔も帰ってきたところだった。
私の体から漂うアルコールの匂いに、彼は眉をひそめ、少し距離を取った。片手で口と鼻を押さえ、不快そうな声で言った。
「こっちに来ないで。酒の匂いが移ったら困るから」
私は思わず苦笑いを浮かべた。
ーー夏蓮に酒の匂いがバレたら嫌なんだろう。
何せ、彼女は今妊娠しているんだから。
ここまではっきり言うってことは、もう隠す気もないんだろう。
でも、彼があえてはっきり言わないなら、私から言う必要もない。
私は黙って浴室に向かい、シャワーを浴びた。
出てきた時、冬翔はソファに腰掛け、スマートフォンを使って夢中で文字を打っていた。その顔は穏やかで、目元には微笑みが浮かんでいた。
私はそれを一瞥しただけで、何も言わずに寝室に向かった。
すると、ふと彼が私を呼び止めた。
「話があるんだ」
私はその場で足を止めた。
この言葉を最後に聞いたのは、ちょうど一ヶ月前。
彼が初めて「夏蓮との子どもがほしい」と言い出したあの日から、私たちは何度も衝突してきた。
今、夏蓮は妊娠している。このタイミングで、一体何の話をしようとしているのだろうか。
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