海に散る星、届かぬ夢第3話
この話は約2030字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
そう言い捨て、真也は美玲を伴って車に乗り込み、そのまま去っていった。
晴香は、地面に散らばった一万円札を拾い集め、乾いた笑みをこぼした。
――まだ運は残ってる。たった一日で、自分の葬儀代くらいは稼げたんだから。
金を手に葬祭センターに立ち寄り支払いを済ませると、タクシーで真也のくれた住所へ向かった。
春水町の別荘に着くと、執事がすぐに召使い用の服を差し出す。
「早く着替えてください。真也様のお言いつけです。今夜はご寝室の前で徹夜して見張るように、と」
着替えを済ませ二階の寝室の前に立つと、近づく前から中から甘い声がもれ聞こえてきた。
その瞬間、晴香の体は凍りつき、鋭い刃のように心を容赦なく切り裂いた。
逃げ出そうとしたとき、ドアが開いた。
真也がパジャマ姿で現れる。胸元や首筋には、熱い口づけの痕がいくつも刻まれていた。
鋭い視線が晴香を射抜く。「人のベッドでのことを外で盗み聞きするのは、さぞ面白いだろう?」
晴香は、彼があのときの自分の「浮気」の仕返しをしているのだと気づいていた。
だから、隙を見せるわけにはいかなかった。
「美玲さん、まだ肩の力が抜けていないようだから」
彼の首に腕を絡める。「せっかくお金をくれたんだから。直接お手本を見せてあげましょうか」
真也は顎を乱暴に掴み、低い声で吐き捨てる。「やっぱり安い女だ。金さえあれば誰にでも体を差し出すのか」
晴香は妖しく微笑んだ。「もちろん。お金に逆らえる人なんて、いないでしょ?」
次の瞬間、彼は晴香を力任せに突き飛ばした。「誰とでも寝るようなお前なんて、汚らわしい」
そして冷酷に言い放つ。「だが獣なら、お前を嫌がらないだろう」
意味を飲み込めないうちに、背後から鋭い声が落ちた。「庭に連れて行け。サイボーと交尾させろ」
二人の従者がすぐに晴香を引きずり出した。
そこにいたのは、巨大なチベタン・マスティフだった。
剥き出しの牙を見た瞬間、全身が震え上がった。幼い頃、孤児院で犬に噛まれたことがあり、それ以来、犬への恐怖が骨の髄に刻まれていた。
「いや……入りたくない……」晴香は執事に縋りつくように懇願する。「お願い、放して……助けて……」
背後から真也の冷たい声が響いた。「晴香。金のためなら何でもするんだろう?どうして今さら怖がる?」
理性の最後の糸を必死につなぎとめ、晴香は震える声で返す。「ええ、お金のためなら何でもするわ。でも、こんな異常なことには追加料金が必要ね。あなたの払った額じゃ足りない」
怒号が飛んだ。「なら二百万足す!この女を檻に放り込め!」
従者たちは力ずくで晴香を檻に押し込み、鉄扉を閉めた。猛獣のような犬が一歩ずつ迫ってくる。
檻を握りしめ、晴香は恐怖と絶望に呑まれていった。心の防壁は崩れ落ち、冷静さは粉々に砕け散る。
「真也……私が悪かった……お願い、ここから出して……」
泣き崩れる姿を見つめながらも、真也の胸に復讐の快感はなかった。
あるのは、言いようのない別の感情……
その刹那、晴香の悲鳴が夜を裂いた。
犬が彼女の足に噛みついたのだ。痛みと恐怖の中、意識は闇に沈んでいった。
そこへ美玲が着替えて現れた。真也は晴香を抱きかかえ、狂ったように外へ飛び出した。勢いで美玲を突き飛ばしたことすら気づかずに。
倒れた美玲の目には、嫉妬と憎悪の炎が燃えていた。
やがて晴香が目を開けると、柔らかなベッドの上だった。脚の傷は手当され、包帯が巻かれている。
枕元に立つ美玲が、鋭い声で問い詰める。「晴香、どうして戻ってきたの?」
「あなたはかつて心臓を患った真也を置き去りにし、彼を新居に一人残した。そのせいで彼が死にかけたのを知ってる?」
「私が駆けつけた時、彼は血を吐きながらも、あなたの名前を呼んでいたわ」
「それでも神様は彼を見捨てなかった。病院に着いた直後、奇跡的にドナーが見つかって心臓移植を受けられたの」
「手術を終えた彼が最初にしたことは、あなたを探すことだったわ。元気になったから、もう嫌われない。必死に稼いで、あなたに最高の生活を与える――そう言ったの」
「でも、あなたはどうした?お金持ちの男と海外に逃げて、真也を空港で泣き崩れさせた」
晴香の目から涙があふれた。この三年、彼女の苦しみは真也に劣らない。
光の差さない研究施設に閉じ込められ、薬漬けにされ、実験台にされる日々を生きてきたのだから。
「私は三年間、彼のそばに寄り添い、ようやく心を得たの。もうすぐ結婚するのよ。なのにあなたは、また金目当てで彼にまとわりつくつもり?」
唇を震わせながら、晴香は言葉を探す。「わたしは……」
言いたかった。金のためじゃない。ただ死を前にして、最後に一度、真也に会いたかっただけだと。
けれど、その言葉は喉に詰まり出てこなかった。
美玲の声は怒りを帯びる。「あなたのような金目当ての女を、これ以上真也のそばに置いておくわけにはいかない!」
そう叫ぶと、美玲は晴香を乱暴にベッドから引きずり起こし、自ら壁に頭を打ちつけた。額から鮮血が流れ落ちる。
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