死後、私の日記を読んだ夫は壊れた第1話
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私・榊原希(さかきばら のぞみ)は、取り違えで榊原家の娘として育った榊原怜奈(さかきばら れな)に骨髄を提供するため、病院へ向かう途中で死んだ。
それでも夫は少しも悲しまず、すぐに怜奈との結婚を決めた。
15歳で本当の家族のもとへ戻った私を、黒川颯人(くろかわ はやと)は指さして罵った。
「この性悪女。お前のせいで、怜奈は家を失ったんだ」
20歳のとき、家同士の約束により、私は颯人と結婚した。
25歳になると、怜奈は白血病になり、私の骨髄が必要だと言い出した。
颯人は冷たく言い放った。
「お前は怜奈が受けるはずだった愛情を、これまで散々奪ってきた。少しくらい返して当然だろ」
両親も後ろめたそうに目をそらした。
「希、私たちのためだと思って、妹を助けてやってくれ」
私はバッグの中の妊婦健診の結果を握りしめ、何も言わなかった。
しかし病院へ向かう途中、大型トラックが正面から突っ込んできた。私は救急搬送されたものの、二度と目を覚まさなかった。
その後、私のブログに残された日記を読んだ颯人と両親は、正気を失うほど後悔することになる。
* * *
私は死んだ。
魂はつかみどころのない煙のようにふわふわと漂い、意思に反して颯人のそばから離れられなかった。
執着が深すぎたのかもしれない。肉体を失ってなお、10年愛し、同じだけ恨んだこの男から遠ざかることができなかった。
私の訃報を知らせる電話を受けても、颯人の顔には何の変化もなかった。
それどころか、すぐに押し隠されたごくわずかな嫌悪と安堵を、私は見逃さなかった。
「死んだなら、それでいい。葬儀社に任せて、そのまま火葬しろ」
颯人が電話の相手に冷たく命じる声には、何の感情もなかった。まるで、どうでもいいごみの処分について話しているかのようだった。
「遺骨?取りに行く暇なんかない。森下に処分させればいい」
もう心臓など残っていないはずなのに、それでも鋭い痛みが走った。魂そのものを引き裂かれたようだった。
5年も夫婦として暮らしていれば、どれだけ冷たい人でも、少しくらいは情が移ると思っていた。
だが颯人の心は、決して解けない氷よりも冷たかった。
次に私の死を知ったのは、実の両親である榊原隆之(さかきばら たかゆき)と佳代子(かよこ)だった。
二人は私の最期の姿を見に来ることもなく、怜奈を固く抱き締めて泣き崩れていた。
「怜奈……これから榊原家の娘は、あなただけよ」
佳代子は声を詰まらせた。
隆之は怜奈の背中を撫で、痛ましげに見つめていた。
私のために涙を流す者は、一人もいなかった。
二人にとって私の死は重荷からの解放であり、怜奈に対する「負い目」をようやく清算できる出来事だったらしい。
【私は、取り違えられた榊原家の実の娘。
15歳のとき、寂れた田舎から連れ戻された。
15年間、私の代わりに榊原家の娘として育った怜奈は、私が屋敷へ足を踏み入れた途端、泣きながら飛び出していった。私がすべてを奪ったのだと、声を枯らして訴えながら。
あのとき、怜奈の隣にいた颯人は、仇でも見るような目で私を射抜き、一言ずつ噛みしめるように言った。
「榊原希、お前みたいな性悪女のせいで、怜奈は家を失ったんだ」
けれど、本当は私のほうが、怜奈に15年分の恵まれた人生を奪われ、養父母に虐げられてきた。
どうして、誰もが私を責めるの?】
眠れない夜が来るたび、私はこの言葉を非公開のブログに書き込んでいた。
そこだけが、苦しみを打ち明けられる唯一の場所だった。
颯人の秘書である森下誠司(もりした せいじ)が、命じられて私の遺品を片づけに来た。
笑ってしまう。黒川家に嫁いで5年もたつというのに、私の持ち物はスーツケース二つにすべて収まった。
森下は、私が生前使っていたタブレットを颯人に差し出した。
「社長、こちらは奥様がずっとお使いになっていたものです。中に……日記が残っているようです。お目を通されたほうがよろしいかと」
その声には、私へのいたわりがにじんでいた。
颯人は眉間にしわを寄せてタブレットを受け取り、隠そうともしない苛立ちをあらわにした。
「また気を引くための芝居か?死んでまで面倒をかけるな」
一目もくれず、デスクの下にあるごみ箱へ放り込もうとした。
森下は何か言いかけたが、結局口を閉ざした。それでも捨てることはできなかったらしく、タブレットを拾い上げ、デスクの隅へそっと置いた。
そのとき、突然画面が明るくなった。
予約投稿に設定してあった太字の一文が、時間どおりに表示された。
【彼の子どもを授かった。うれしくてたまらない】
颯人の動きが止まった。
勢いよく振り向き、その一文を食い入るように見つめた。
宙を漂う私は、颯人の顔をよぎった驚きを見逃さなかった。
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