愛は雲間に隠れる第3話
この話は約1372字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
一目見ただけで、あの言葉に込められた自慢の気持ちが伝わってくる。
私は黙って「いいね」を押し、結月のアイコンをタップする。それはアニメのキャラだ。
そして安里のアイコンは、そのキャラに合わせたペアアイコンだ。
昔、私も安里に言ったことがある。「ねえ、私たちもペアアイコンにしない?」
でも彼は鼻で笑った。
「思乃、本当に青臭いな。そんなくだらないことに付き合う気ないし。
それに俺がそんなバカみたいなアイコン使ったら、社員がどう思うんだよ」
なのに今の安里は、その「くだらない」ことを結月のために平気でやっている。
もう疲れる。
私はしばらく考えたあと、ずっと私を誘っている中村グループに電話をかける。
「中村社長、考えがまとまりました。御社に行きます」
電話口の中村健人(なかむら けんと)は、驚きと喜びの声を隠せない。
「やっと決心してくれたんですね、明里さん。首席デザイナーとして来てくれるんですか?」
私は苦笑して答える。
「そんな、大した人間じゃないです。受け入れてもらえるならありがたいです」
「とんでもない。我が社はずっと明里さんの才能を高く評価していますよ」
翌朝になって、やっと安里は帰ってくる。
顔を合わせるなり、彼は珍しく提案してくる。
「前から楽しみにしてたショーのチケット、もう取ってある。一緒に行こう」
昔の私なら、飛び上がるほど喜んでいたはず。でも今は、全然興味がない。
ただ勉強のチャンスを逃したくなくて、仕方なくついて行く。
車に乗ろうとして、いつもの癖で助手席のドアを開ける瞬間、安里に鋭い声で怒鳴られる。
「お前、後ろに座れ。助手席は外の人間が座ったら、結月が不機嫌になるだろ!」
私は黙って後部座席に座る。
すると前のシートはピンク色のカバーに替えられていて、さらに「結月プリンセス専用席」と書かれるアニメ風の札まで貼ってあるのに気づく。
今日は急いで出てくるから食事もできなくて胃は痛い。
しかも車内は、結月が大好きなローズの香りのアロマが充満している。
私には耐えられなくて、思わず「おえっ」と吐きそうになる。
「スピード落として……」と言おうとするけど、安里はわざと逆らうみたいにアクセルを踏む。
胃の中が逆流するのを必死で抑えながら、私は車載の袋を手に取り、こっそり吐き出す。
顔を上げる瞬間、安里が険しい表情で私を睨んでいる。
「お前、もうすぐ結月もこの車に乗るの知ってるだろ?わざと吐いて臭くしたなんて、結月に嫌がらせるつもりじゃないのか?」
私は服の裾をぎゅっと握りしめる。
「この香り……私には合わないだけ」
安里の顔は真っ黒に曇る。
「このアロマは結月が一番好きだ。匂いが合わないんじゃなくて、結月が気に入らないんだろ?
また同じ手で俺の同情を買うつもりなら、諦めろ。俺は騙されない。
いい加減にしろ。そんなことしても俺はますますお前を嫌いになるだけだ」
そう吐き捨てて、彼は車を路肩に停める。
「降りろ。車に臭いが残ったら、結月が不機嫌になる。
自分でタクシー拾え。場所は送ってやる」
私は無言で降りる。
次の瞬間、彼はアクセルを踏み込み、車はあっという間に視界から消える。
あたりを見回すと、人影はひとつもない。
私は送られてきた位置情報を確認する。
幸い、目的地はそう遠くない。
私は一人、足を引きずるように一時間以上歩き続け、疲れ切ってやっとショーのホテルにたどり着く。
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