愛に尽したあなた、さようなら第2話
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梓は身支度を済ませ、藤原お婆さんが用意してくれた着物に着替えると、藤原家の本邸へと向かった。
出発前に、彼女は離婚届を鞄にしまった。
玄関を出た途端、翔太からの着信が入った。
「今日の本邸行きは、お前が先に行け。俺は遅れて合流する」
電話の向こうの声はいつもの冷たい口調で、昨夜の件について説明する気配は微塵もなかった。
梓はもうどうでもいいと思っていた。
藤原家の本邸に着くと、翔太の親族は既に大半が集まっていた。
梓は赤い染みの付いた白い絹の布を納めた桐箱を藤原お婆さんに差し出すと、お婆さんは彼女の手を優しく握り、満足げに微笑みながら藤原家の伝家の宝を彼女に授けた。
「これは藤原家があなたを認めた証だ。一日も早くひ孫の顔を見せておくれ」
「おばあちゃん、ありがとうございます」
藤原お婆さんのご厚意は断れず、彼女はひとまず受け取ることにした。後日翔太に返せばよいと考えた。
藤原夫人は梓のことが気に入っておらず、わざと彼女に正座させるよう命じた。
梓は反論しなかった。もう直ぐ翔太と離婚するし、二度とこの屋敷に来ることもない。これが最後だからと、耐えればいいのだ。
しかし藤原夫人は彼女を苦しめるため、正座のまま三十分も待たせ続けた。
ふくらはぎが痺れて倒れそうになった時、翔太が雪乃を連れて帰宅した。
梓の青ざめた顔と震える膝を見て、翔太の目に微かな動揺が走った。
翔太は彼女に近寄り、「これからこんな儀式は免除する」と告げた。
所詮は他人の前での芝居だ。
今も彼の衣服に纏うクチナシの香り――雪乃と同じ香りが、梓の胃を掴み上げた。
梓は軽く頷いた。
もうこれ以上続けるつもりはない、これが最後だ。離婚届にサインさえもらえれば、この地を離れる。
「孫もようやく人を思いやれるようになったのか。よかったわ。ひ孫の顔が見られる日も近いな。私は疲れたから休むことにしよう。皆さんはごゆっくり」藤原お婆さんは藤原夫人に支えられて二階へと上がっていった。
親戚たちは空気を読んでそそくさと立ち去った。
皆が立ち去った後、雪乃は梓に近づき、背後に隠していた贈り物の箱を取り出した。
「おばさん、新婚のプレゼントだよ」
悪戯っぽい笑みを浮かべ、雪乃は箱を梓の手に押し付けると、振り返って翔太に向かって舌を出した。翔太の目に甘やかすような光が走った。
「早く開けてよ、おばさん」
梓が箱の蓋を開けた瞬間、鮮やかな緑色の蛇が飛び出し、みるみる彼女の腕に巻きついた。
「きゃあっ!」梓は恐怖のあまり悲鳴を上げた。
蛇が大の苦手な梓は、一瞬にして顔面蒼白となった。
雪乃は腹を抱えてゲラゲラ笑い転げた。「怖がらないで!ペットの蛇だよ。噛まないって!おじさんがおばさんは動物好きだって言うから、特別に選んだんだからね」
雪乃の笑顔を見て翔太の口元にかすかな笑みが浮かんだ。
その笑みが梓の胸を締め付けた。
必死の力でようやく蛇を振りほどくと、彼女は涙目で雪乃を睨んだ。
「あなた……ひどすぎる!」
「雪乃はまだ子供だ。お前のために贈り物を選んだだけだ。毒もないし噛みつかないと、本人も言っていただろう?」
翔太は一歩前に出て、雪乃を背後に隠すようにした。
梓は目頭が熱くなるのを感じながら苦笑した。彼があんなに雪乃を偏愛していたなんて、今まで気づかなかった自分が愚かだった。
「翔太、考えたことある?私が本当に蛇が苦手なんだって!私を弄ぶのがそんなに面白いの?」
翔太が眉をひそめ、口を開こうとしたその時、雪乃の悲鳴が辺りに響いた。
「わあっ、おじさん助けて!」
あの小さな緑の蛇が今度は雪乃の足に絡みつき、彼女は恐怖のあまり大声で泣き叫んだ。
翔太は慌てて駆け寄り、蛇を掴むと地面に叩きつけて殺し、雪乃を抱き寄せて慰めた。
「もう大丈夫だ。怖がるな!蛇は死んだから」
「怖かったよ……」雪乃はまだ涙を浮かべていた。
「おじさん、噛まれたみたい」
翔太は即座に彼女を抱き上げ、急ぎ足で外へ向かった。「すぐ病院へ連れて行くからね、怖がらなくていい、ずっと傍にいるから」
翔太の姿が玄関の向こうに消えると、梓の涙が勝手に溢れ出た。
鮮血が彼女の腕を伝わって滴り落ちている。彼女こそ蛇に咬まれていたのだ。
頭が鉛のように重い。蛇毒が回ったか、突然視界が暗転すると、彼女はがくんとその場に崩れ落ちた。
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