愛には、いつも時差があった第3話
この話は約1300字。当サイトで読める3話の試し読みのうち、最後の話です。続きの第4話からは公式アプリで読めます。
雨に濡れたせいで、私は高熱を出してしまった。
硯は一向に帰ってこない。
電話をかける気にもなれなかった。心のどこかで、彼が私の頼りにならないことは分かっていたからだ。
しかし、あまりにも体が弱り、リビングから寝室までのわずかな距離さえ歩けなくなっていた。
ついに床に倒れ込んだ。
スマートウォッチが緊急事態を感知し、自動的に緊急連絡先に電話をかけ始めた。
電話の向こうから、硯の周りの騒がしい音楽が聞こえた。
「咲子さん、もう飲むのはやめよう」
硯が桜井の世話をする合間、やっと私に声をかけてきた。
「姉さん、用事なら早く。今忙しいんだ」
助けて……助けて……
唇を動かしたが、喉の渇きで声が出ない。
ただ無力に、硯が電話を切るのを見つめるしかなかった。
次にかけたのは榊だった。
付き合っていた頃、彼は自分を緊急連絡先に登録するよう私に要求した。
君が危険な目に遭ったら、俺が真っ先に駆けつけると。
だが、彼は電話に出ない。
ついさっき、硯の電話の向こうで彼の声を聞いたばかりなのに。
意識が朦朧とする中、携帯が床に落ちる直前、かすかに榊の声が聞こえたような気がした。
「安藤?」
「安藤!返事をしろ!安藤!」
世界は静寂に包まれた。
再び目を覚ますと、病院のベッドの上だった。
「お一人様じゃ大変でしたね」
私を発見してくれたのは、雇っていた家政婦のおばさんだった。
最も親しい人たちより、見知らぬ他人の方がずっと頼りになってくれた。
おばさんは涙を拭いながら、心配そうに私を見つめた。
今度のお礼も含めて、彼女の口座に金を振り込んだ。
もうこれ以上雇えなくなることも伝えた。
この家はもうすぐ売却されるからだ。
おばさんが帰ってから、ようやく携帯の確認ができた。
榊から大量のメッセージが届いていた。
【どうした、安藤?声が聞こえないぞ】
【ふざけるのも大概にしろ】
【いつまで引っ張るつもりだ?】
返事がないと見るや、彼はSNSにまで乗り込んでいた。
付き合っていた頃、私は榊だけが知る非公開アカウントを作った。
二人の思い出を記録するためだった。
怒って無視してたら、ここを見てねと彼と約束していたのだ。
榊は新しいコメント書き込んだ。
けどそれを読んで、私はただ気持ち悪いと感じた。
ちょうどその時、SNSのトレンド一位に火のマークが付いた話題が上がっていた。
#桜井咲子、榊グループの御曹司と交際を認める
桜井は榊との関係を認めた。
なるほど、だから榊はあんなにも桜井に肩入れしていたのか。
別れた今となっては、あの甘ったるい思い出がただ不快でしかない。
それに、榊は最初から私のことなど好きではなかったのだ。
本当に好きだったら、あんなに桜井をかばい、私を傷つけたりしなかったはずだ。
何も返信せず、アカウントを空にした。
もはや私たちの間には、思い出など何もないんだから。
するとすぐに、榊から電話がかかってきた。
「よくやったな、安藤」
声のトーンから、彼の怒りが伝わってくる。
「危険かと思ったら、平気でSNSを削除する余裕があったんだな」
私は黙って彼の怒りを聞き流した。
あまりにも疲れていた。反論する気力さえ残っていなかった。
あと23日。心の中で呟いた。
もうすぐ、私は自由になれる。
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