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情は深くとも、初恋には敵わない第1話

この話は約1992字。当サイトでは第1〜3話を試し読みできます。

年明け、夫の賀川明輝(かがわ はるき)の教え子たちがわざわざ学校へ遊びに来て、彼が食事をご馳走することになった。

学生たちは口々に「先生」「奥さん」と親しげに呼んできた。

ただ、初めて私を見た時の視線にはどこか驚きの色が混じっていた。

個室で明輝が私の手を握ると、皆が一斉にひやかした。

「お二人、本当にラブラブですね。超羨ましいーー!」

私、桜庭柚月(さくらば ゆずき)は照れたようにうつむき、トイレに行くと言って席を立った。

すると、廊下で女子学生二人の話し声が聞こえてきた。

「さっきびっくりした!奥さんって水城澪(みずき みお)先輩かと思ったもん!」

「でも澪先輩にそっくりよね、入ってきた時、マジで見間違えるところだった」

私はその場に呆然と立ち尽くした。

澪が明輝の元カノだということは知っている。

けれど、実際に会ったことは一度もなかった。

冷たい水が手に当たるのを感じながら、鏡に映る念入りにメイクした自分を見つめていると、突然吐き気がこみ上げてきた。

* * *

年明け、夫の賀川明輝(かがわ はるき)の教え子たちがわざわざ学校へ遊びに来て、彼が食事をご馳走することになった。

学生たちは口々に「先生」「奥さん」と親しげに呼んできた。

ただ、初めて私を見た時の視線にはどこか驚きの色が混じっていた。

個室で明輝が私の手を握ると、皆が一斉にひやかした。

「お二人、本当にラブラブですね。超羨ましいーー!」

私、桜庭柚月(さくらば ゆずき)は照れたようにうつむき、トイレに行くと言って席を立った。

すると、廊下で女子学生二人の話し声が聞こえてきた。

「さっきびっくりした!奥さんって水城澪(みずき みお)先輩かと思ったもん!」

「でも澪先輩にそっくりよね、入ってきた時、マジで見間違えるところだった」

私はその場に呆然と立ち尽くした。

澪が明輝の元カノだということは知っている。

けれど、実際に会ったことは一度もなかった。

冷たい水が手に当たるのを感じながら、鏡に映る念入りにメイクした自分を見つめていると、突然吐き気がこみ上げてきた。

元の席に戻ると、学生たちはまだ飲んで騒いでいた。

明輝は、隣の男子学生の乾杯の言葉に、少し耳を傾けていた。

その横顔を見ていると、これまでのことが次々と頭に浮かんできた。

明輝は自分の意見をはっきり持つ人だ。

とくに私の服装やメイクに関しては。

付き合い始めてから今まで、私の服はほとんど彼が選んで買ってくれた。

私がミニマル系やスポーツ系を好んでいても、彼はいつも決まった様子の服ばかりを買ってくる。

フレンチ風のワンピースと、ニットのカーディガン。

差し色ひとつないカシミヤのコート。

それに、小ぶりで丸みのある真珠のアクセサリー。

今日も家を出る前、私は黒のツイードジャケットを着るつもりだった。

でも彼は眉をひそめ、今私が着ているこの白いワンピースを選んだ。

これまでは、ただ彼の好みの問題だと思っていた。

けれど、さっきの会話を聞くまでは、すべてが、どこかおかしく思えてきた。

ぞっとするほどに。

学生たちが私を見る表情は、あまりにも妙だった。

「奥さん」と呼ぶその声に、明らかに意味ありげな笑いが混じっていた。

……

騒がしい個室に、チェロの低音が唐突に流れた。

BGMがインスト曲に切り替わった。

すると、女子学生の一人が思わず口にした。

「あれ、水城先輩が一番好きだった曲じゃない?

昔、研究室で毎日かけてたから、もう耳に焼きついてるよ」

その瞬間、胸がぎゅっと苦しくなった。

私は思わず明輝に目を向けた。

彼には、何ら変わったところはなかった。

でも彼は何事もなかったように、からあげを私の皿にのせて、やさしい声で言った。

「最近、食欲ないって言ってただろ。もう少し食べな」

私は笑って、うなずいた。

……

数時間後、重い気持ちを抱えたまま、私はようやくその食事会をやり過ごした。

明輝が運転しながら、いつものようにカーオーディオをつけた。

空いた右手で少し冷えた私の手を握り、親指でそっと手の甲を撫でる。

「今日はあのやんちゃな連中の相手、疲れただろ」

彼の掌の温かさを感じながら、私は黙って窓の外を流れていく景色を見ていた。

一曲のポップスが終わり、次の曲に自動で切り替わる。

イントロが流れた瞬間、心臓がひやりと止まった気がした。

これって、さっきの食事会であの女子学生が言っていた、澪のいちばん好きな曲じゃない?

モニターには明輝が「よく聴くプレイリスト」と表示されている。

曲が流れた瞬間、私の手を握る彼の指がぴくりと強ばった。

そして、慌てて画面を何度もタップし、すぐ別の曲へ切り替えた。

「あ……この前、同僚を送ったときにさ、適当に触られて……そのまま消し忘れてた」

強ばった顎を見つめながら、私はその嘘を指摘しなかった。

ただ、小さく「うん」と返した。

たった一曲。

たったひとつの、見え透いた言い訳。

それだけで、心の奥の温もりが、すっかり凍りついた。

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