情は深くとも、初恋には敵わない第1話
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年明け、夫の賀川明輝(かがわ はるき)の教え子たちがわざわざ学校へ遊びに来て、彼が食事をご馳走することになった。
学生たちは口々に「先生」「奥さん」と親しげに呼んできた。
ただ、初めて私を見た時の視線にはどこか驚きの色が混じっていた。
個室で明輝が私の手を握ると、皆が一斉にひやかした。
「お二人、本当にラブラブですね。超羨ましいーー!」
私、桜庭柚月(さくらば ゆずき)は照れたようにうつむき、トイレに行くと言って席を立った。
すると、廊下で女子学生二人の話し声が聞こえてきた。
「さっきびっくりした!奥さんって水城澪(みずき みお)先輩かと思ったもん!」
「でも澪先輩にそっくりよね、入ってきた時、マジで見間違えるところだった」
私はその場に呆然と立ち尽くした。
澪が明輝の元カノだということは知っている。
けれど、実際に会ったことは一度もなかった。
冷たい水が手に当たるのを感じながら、鏡に映る念入りにメイクした自分を見つめていると、突然吐き気がこみ上げてきた。
* * *
年明け、夫の賀川明輝(かがわ はるき)の教え子たちがわざわざ学校へ遊びに来て、彼が食事をご馳走することになった。
学生たちは口々に「先生」「奥さん」と親しげに呼んできた。
ただ、初めて私を見た時の視線にはどこか驚きの色が混じっていた。
個室で明輝が私の手を握ると、皆が一斉にひやかした。
「お二人、本当にラブラブですね。超羨ましいーー!」
私、桜庭柚月(さくらば ゆずき)は照れたようにうつむき、トイレに行くと言って席を立った。
すると、廊下で女子学生二人の話し声が聞こえてきた。
「さっきびっくりした!奥さんって水城澪(みずき みお)先輩かと思ったもん!」
「でも澪先輩にそっくりよね、入ってきた時、マジで見間違えるところだった」
私はその場に呆然と立ち尽くした。
澪が明輝の元カノだということは知っている。
けれど、実際に会ったことは一度もなかった。
冷たい水が手に当たるのを感じながら、鏡に映る念入りにメイクした自分を見つめていると、突然吐き気がこみ上げてきた。
元の席に戻ると、学生たちはまだ飲んで騒いでいた。
明輝は、隣の男子学生の乾杯の言葉に、少し耳を傾けていた。
その横顔を見ていると、これまでのことが次々と頭に浮かんできた。
明輝は自分の意見をはっきり持つ人だ。
とくに私の服装やメイクに関しては。
付き合い始めてから今まで、私の服はほとんど彼が選んで買ってくれた。
私がミニマル系やスポーツ系を好んでいても、彼はいつも決まった様子の服ばかりを買ってくる。
フレンチ風のワンピースと、ニットのカーディガン。
差し色ひとつないカシミヤのコート。
それに、小ぶりで丸みのある真珠のアクセサリー。
今日も家を出る前、私は黒のツイードジャケットを着るつもりだった。
でも彼は眉をひそめ、今私が着ているこの白いワンピースを選んだ。
これまでは、ただ彼の好みの問題だと思っていた。
けれど、さっきの会話を聞くまでは、すべてが、どこかおかしく思えてきた。
ぞっとするほどに。
学生たちが私を見る表情は、あまりにも妙だった。
「奥さん」と呼ぶその声に、明らかに意味ありげな笑いが混じっていた。
……
騒がしい個室に、チェロの低音が唐突に流れた。
BGMがインスト曲に切り替わった。
すると、女子学生の一人が思わず口にした。
「あれ、水城先輩が一番好きだった曲じゃない?
昔、研究室で毎日かけてたから、もう耳に焼きついてるよ」
その瞬間、胸がぎゅっと苦しくなった。
私は思わず明輝に目を向けた。
彼には、何ら変わったところはなかった。
でも彼は何事もなかったように、からあげを私の皿にのせて、やさしい声で言った。
「最近、食欲ないって言ってただろ。もう少し食べな」
私は笑って、うなずいた。
……
数時間後、重い気持ちを抱えたまま、私はようやくその食事会をやり過ごした。
明輝が運転しながら、いつものようにカーオーディオをつけた。
空いた右手で少し冷えた私の手を握り、親指でそっと手の甲を撫でる。
「今日はあのやんちゃな連中の相手、疲れただろ」
彼の掌の温かさを感じながら、私は黙って窓の外を流れていく景色を見ていた。
一曲のポップスが終わり、次の曲に自動で切り替わる。
イントロが流れた瞬間、心臓がひやりと止まった気がした。
これって、さっきの食事会であの女子学生が言っていた、澪のいちばん好きな曲じゃない?
モニターには明輝が「よく聴くプレイリスト」と表示されている。
曲が流れた瞬間、私の手を握る彼の指がぴくりと強ばった。
そして、慌てて画面を何度もタップし、すぐ別の曲へ切り替えた。
「あ……この前、同僚を送ったときにさ、適当に触られて……そのまま消し忘れてた」
強ばった顎を見つめながら、私はその嘘を指摘しなかった。
ただ、小さく「うん」と返した。
たった一曲。
たったひとつの、見え透いた言い訳。
それだけで、心の奥の温もりが、すっかり凍りついた。
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